荷物見といて〜と言われると、
盗られても見とくだけな〜と言いたくなります。
4回生の方々とのラスト練習でした。
一緒に過ごせる残り時間がどんどん短くなっていくのがほんとうに寂しいです。残り3日間全力でついていきます!
おつかれさまです。
大阪府出身法学部2回生のたかみやれいか(19)です。
最近、よく関西弁が関西人っぽくないとよく言われます。確かにゆうごとかしおりの関西弁には負ける気がしますが、自分的には結構しっかりと関西弁を使っていると思ってたんですよねえ。
こういうのを主観と客観に齟齬があるというのでしょうか。
齟齬??ああ、漢字をいっぱい見ると常に何かに追われていたテスト期間を思い出すので、ひらがな多めでいきたいと思います。(^^)
本日のメニューです。
☆レギュラー組
「僕らならできると信じて」byじろーさん
W-up 100*3*1
Swim 50*4*1
(Drill) 50*3*3
(Swim) 50*1*3
Dive. 100*2*1
Swim. 100*1*1
(Drill,Swim). 50*4*1
(Kick). 50*4*1
①or②
(Swim①). 50*4*1
(Swim②). 50*6*1
Down. 300*1*1
☆強化練組
「大学水泳最後の強化練にしよう」by桜さん
W-up 800*1*1
Dive 15*2*1
25*1*1
Main 200*1*1
Drill&Down 50*6*1
300*1*1
メニュー係の皆様、マネさんず、トレーナーのみなさん本当にありがとうございます。皆様のおかげで練習を今日も無事に終えることが出来ました!
かなさんのラスト「35分です」、耳をすまして聞きました。しみじみ。全国公、かなさんと一緒に行けるのが嬉しいです。
強化練組でした!
タイムトライアルでは2バックを泳ぎました〜!レースムード?レースペース?では人生初200mです!泳ぎ方をまだ自分で掴めていないので色んな人に教えてもらってました。
その中で、
ごっしーが0-50m70%、50-100m80%、100-150で100%、150-200は120%!と教えてくれて、なるほど!!と思ったのでその通りにいったはずだったのです
が、
前半100mが、ほぼ関カレの1バックと一緒、後半100mは12秒落ちという情けないラップで泳いでしまいました〜(⊙ө⊙;)
ずっと同じペースで泳いじゃったや〜
ラスト上げきられへんかったなあ〜とかって考えていたので驚きです。
これこそ主観と客観の齟齬というやつですね。
実践なしの机上の空論でしたので、これから練習してレースペース200も泳げるようになりたいです!(^ ^)
ついでに、コースロープ激突もそろそろやめたい多分220mぐらい泳いでると思います(^ ^)
今日は強化練もラストでしたね。
女の子1人で、普段一緒に泳いでいるガールズと離れるのも寂しかったし、テスト期間と強化練期間被ってるのも不安要素でした〜
が、気づけば本当にずっと楽しく練習できてました。
2部練も暑さにへばりながらも、みんな体力的にも精神的にもしんどそうな時でもずっとずっとめちゃ雰囲気良くて、みんなのキャラの良さとかモチベとかのなす技だったなあと思います。
おかげさまで、練習はきつかったけど、ほんまにほんまに楽しい期間でした〜!
そんなみんなのタイムが目に見えて伸びたりモチベが上がってたりしてるのがとても嬉しかったです!
来年は強化練組みんなで全国公行こう!!ᕦ(ò_óˇ)ᕤ
この写真が好きすぎます。
2回生強化練組+堀ちゃん!(写真にはいないけど)加えて2回生マネさんず!
みんなで地塩寮でご飯食べたりお昼寝したり、2部練後もご飯行ったりだべったりと、
いなければ、強化練、特に2部練目は耐えられなかったな〜と思います。暑さやメンタルをサポートしてくれてでかい存在すぎました。みんなの醸し出す空気感がとても居心地が良い!楽しい!
質問に答えます!
「人間以外に何になりたい?」
水です。
水って雨になって川を流れて蒸発して空に浮かんで、
とぐるぐる何度も何度もまわっていると思うんです。どこまでが1周の人生なのかと疑問に思います。一度なってみたいです。
どんな気持ちになるのかどんな人生になるのか本当に不思議ですね。
次の日記は、
全国公のMVSの方でお願いします!
4回生の方がMVSになられた場合は、ごとうひろたかにお願いしています。
質問は「全国公1番の思い出はなんですか?」でお願いします!
遠征が続きますが、
冷蔵庫の中身は空にしましたか!?
エアコンはつけっぱなしのまま家を出ていないですか〜?
本当に短期間しか一緒に過ごせなかったですが、青炎シーズン・4回生の皆さん大好きです。
青炎シーズンの集大成!
4回生を始め、皆様のかっこいい姿を楽しみにしております。私も応援・サポート頑張ります!
ではでは、全力で挑みましょう〜!!!
せーーーーーーーーーの!
Go!!京大!!!
2022→2023 青炎
~ブレイクタイム~
ヤクルト1000飲みました。美味しい。
第4章 僕から伝えたい感謝
家族へ
10歳の時に「中学受験の勉強を止めて選手コースに入りたい」と言った日から、22歳の今日まで。
誰よりも応援してくれたのは、間違いなくオトンとオカンです。ありがとう。
年を重ねても心が幼かった自分は、時に両親が注いでくれる優しさを受け止めようと出来ませんでした。ごめんなさい。
自分の結果で。いや、自分が水泳を楽しんでいる姿で。少しでも親孝行したいと思って、頑張りました。
何とかコロナが収まり、関国で(少しは)良いレースを見せる事が出来て良かったです。
ありがとう。
小谷先生始め中体連の先生方、松本先生・森本先生(高校の顧問)始め高体連の先生方へ
縁に恵まれた僕は、小学生の時から中学校の部活に参加させていただきました。
今の自分に通ずる礼儀や水泳への姿勢を教えていただいたのは、先生方です。
優しい言葉で水泳へのモチベーションを上げて下さった松本先生と近畿大会など何度も遠征で引率して下さった森本先生。
水泳部の顧問をして下さって、本当にありがとうございました。
高体連の先生方にも、秋葉山の合宿や先日の県選でお会いできて、嬉しかったです。
ライバル校の選手だとしても、応援して下さる温かい方ばかりでした。
泳ぐ体力があれば、50Flyだけでも県選に出場したいと思います(笑)
恩師である石橋コーチ・前田コーチ始めJSS姫路の皆様へ
水泳と勉強の両立が難しくなって、精神的に参ってしまった高2の冬。「最後まで一緒に頑張ろう」と、優しく手を差し伸べて下さった石橋コーチ。感謝しかありません。
高校最後の時にJSS姫路の選手でいる事が出来て、本当に良かったです。
水泳を通して出会った兵庫の仲間へ
専門種目も、競技レベルも、競泳に費やす時間も全員違う。
「水泳が好きで頑張りたい」という気持ちを持った人ばかりで、皆んな仲良くしてくれました。
県高の個人決勝。他チームのスタンドからも大きな声援が聞こえた事は、一生忘れません。
出会えて本当に良かった。ありがとう。また会いたいな。
↑移籍するか悩んだ時、夜中の1時半まで相談に乗ってくれた志大。(出演許可貰いました(笑))
大学水泳で出会ってくれた関西の先輩・仲間・後輩へ
同じ種目がキッカケで話してくれた人もいたし、坂道キッカケで話してくれた人もいたし(笑)
最後の最後まで本当に出会いに恵まれた競泳人生だったなぁ、と思っています。
特に、飛び入りで参加した阪大合宿はマジで楽しかったです。
頑張りと笑いがいっぱいの場所で一緒に練習してくれて、本当にありがとう。
京泳会の皆様
日頃より水泳部の活動を支援して下さり、誠にありがとうございます。
コロナ禍での入部となり、皆様と交流させていただける機会が少なく残念ではありました。
引退する前に新歓コンパが開催できた事を、本当に嬉しく思っております。
今後とも京大水泳部に、ご支援ご声援のほど宜しく御願い致します。
水泳部の先輩方へ
自分が最上回生になった時に、皆さんの偉大さを感じました。
一番苦しんでいた時にご飯行って、たくさん話を聞いて下さった雄登さん。
練習に来られる度に、何でも話して下さった光彩さんと京介さん。
引退されてからも、沢山の先輩方に助けていただきました。ありがとうございました。
関国の時に「良いチーム作ったね」と言っていただけた事、誇りに思います。
是非ご飯に連れて行ってください(笑)
現在のところ、「日向坂全国ツアー参戦with大登さん」「飲み会with光彩さん」は開催予定です(笑)
タオルについて少しだけ書かせてください。
2年前の全国公で雄登さんに貰った日から、対抗戦の入場で使わせていただきました。
「3つ前の主任から受け継がれているエースの証として、このタオルを持っていて欲しい。」
毎試合、エースに見合った活躍が出来たか分かりません。でも、皆んなのテンションを上げるキッカケになれていたなら、嬉しいです。
京大水泳部のリレメンとして出場する事への誇り。強くなった気がして、凄い力が湧いてくる不思議なタオル。
託していただいた事に、感謝しています。ありがとうございました。
可愛い後輩へ
僕が主任を全う出来たのは、皆んながいたから。
偉そうな事を言ってるくせして頼りない僕に、ここまでついてきてくれて本当にありがとう。
今まで話した事・全体の連絡メール・LINE、何か1つでも覚えてくれていたら嬉しいです(笑)
「伝えたい事」としては、この後書いています。それを読んで下さい。
個人的にメッセージ欲しい人は、僕のLINEまでどうぞ。
同期へ
ご飯会とか、飲み会とか。普通の大学生が普通に出来るような楽しい事が制限された世代。
各々のキャラ・良さ・本音を知り尽くすには、共に過ごす時間が短かったのかな。
まぁ何と言おうが、競泳面の同期は8人だけです。
辛かったコロナ禍に始まった水泳部での生活を、最後まで続けてくれてありがとう。
全国公に全員が出場できる世代も珍しいと思うので、あと3日間「僕達らしく」頑張ろや。
これだけ多くの人に恵まれた僕の競泳人生は、かけがえない物になりました。
幸せ者です。
第5章 皆んなに伝えたい事
水泳を続ける中で僕が大事にしていた事を書いておきます。
大きく分けて4つ。メニューのDrill覚えるより簡単ですね?(笑)
1つ目「感謝」
何よりも大事だと思っています。
一緒に練習して、部活以外の場でも仲良くしてくれている同期。
色んな場面で力になってくれる、カッコいい先輩と可愛い後輩。
どんな日でも練習をサポートしてくれる、マネージャーとトレーナー。
学連役員をしている部員や計時役員してくれる部員。
色々と思われながらも、必死に動いているチームの幹部。
頭を抱える事がありながらも(俺だけかな?(笑))作ってくれているメニュー係。
支えて下さる先生方やOB・OGの方々。
遠くからでも見守っていて、誰よりも味方でいてくれる家族。
自分が嫌だなと感じる事に対しても、感謝を持てるくらい大きな人になって下さい。
2つ目「水泳”も”大事にする気持ち」
楽しい大学生。水泳以外にも打ち込みたい事あるよね。分かる。
「今、何をしたいか」「何を頑張りたいか」「何をするべきなのか」優先順位を決めて取り組む事が必要です。
ただ、水泳部にいる皆んなに伝えさせてください。
「心のどこかに、いつも水泳を置き続けて欲しい」
京大水泳部は、水泳に対して一生懸命になれる環境が整ってます。間違いない。
水泳に全力で頑張ろうと思った時に、間違いなく全力で取り組める場所だと思います。
どんな度合いでも良い。水泳も大事にして下さい。
※この辺で言っとこ。幹部の決めたルールには、ちゃんと従いましょう。何してもOK、とは言ってませんよ(笑)
3つ目「自分も他人も大切する心」
愛が引退日記で書いていたけど、自分の頑張っている部分を褒めてあげましょう。
「これが出来なかった」とか「もっと頑張らないと」とか、次への改善点を考える事は勿論必要です。まぁでも、その前に出来た事を褒めてあげた方が良い。
加えて、周りの人も大事にして下さい。
人としてのモラルも、(ネタにされましたが)上下関係も、社会で生きていく中で大事です。
部活の時だけでも良いです。礼儀や敬語。「わざわざ」と感じる事が出来る人になって下さい。
「親しき中にも礼儀あり」です。
4つ目「ありのままに水泳部を楽しむ気持ち」
結局、これに尽きます。
この日記のタイトルの通り、僕が14年間変わらなかったのは「水泳が好きで楽しい」という感情だけ。
「楽しむ」の形は色々あります。
結果に拘って努力を積む。泳ぐ楽しさを感じて練習する。沢山の人と仲良くなる。
色んな目的があって当然だと思います。
「色んな人が集まっている中で、どのようにして同じ方向に進むか」を考えるからこそ、楽しいんです。
模索して、間違えて、改善して、また進む。これが部活を作り上げていく醍醐味かもしれませんね。
4つ目は長々と書きましたが、とにかくこの部活で過ごせる時間を大切にして欲しい。
以上です。
最後に
2回の受験休み(+コロナ禍)を挟んで14年間。やっと水泳と別れる日が来ました。
11月の関西国公立OB・OG戦にはエントリーしましたので、院試が終わったら運動を再開しようかなと思います。
水泳部の練習に継続して参加する事は、今日で最後にします。
新たな京大水泳部のシーズンを、1人のOBとして見守る立場になりたいんですよね。
「裕一朗さんがいなくなると寂しい~」と言ってくれる後輩が多いですが、すぐ慣れると思います。
(本当は寂しいと言ってくれるのが、内心嬉し過ぎて堪らないです。知らんけど。)
試合前になって現れるくらいの感じが、レア感あっていいと思いますよ(笑)
そろそろ締めます。
京大水泳部で過ごした時間は、僕の宝物です。
みんな、本当にありがとう。大好きです。
京都大学体育会水泳部 競泳主任
山本裕一朗
2020⇒2021 努来勝
2022⇒2022 全進
2022⇒2023 青炎
p.s
明日からの全国公、頑張りましょう!
コメントに「Go!京大!!!」添えておいてね!
本日の引退日記を担当します。4回生の山本裕一朗です。
後輩の皆さん。「朗」という字は、変換予測に出るようになりましたか?
3年前、「はじめの一歩」というタイトルで書いた最初の日記。
豆のように小さな字体で、「裕一朗の朗は、佐々木朗希と同じ字だ」とか「日向坂が好きで、アルバムを片手に音ゲーしてる事」とか、本当にくだらない自己紹介をしました(笑)
顔も名前も知らない先輩方のコメントを、肝を冷やしながら読んだ事を鮮明に覚えています。
僕が入部した当初、同期は僕を除いて2名。
初回の日記で本名を名乗らない奴が1名。初回の日記を6行で済ませた奴が1名。
この2人の間に書いた僕は、3年間続けていけるか非常に心配になりました。
今では懐かしく、良い思い出です(笑)
日記を書く事、好きですが苦手です。
書こうと決めた良さげな話も、サシ飯の時に湧き出る深い話も、万人が読む文章では淡白になってしまう。
当たった日には前夜から書く事を考えて、稚拙な国語力を使って頑張ってました。
まぁ、そんなに難しく考える必要なんてなかったんだけどね(笑)
些細な話をラフに出来るからこそ「京大水泳部練習日記」です。
好きな食べ物書いたり、他人の事をネタにして笑ったり、謎の写真を載せたり。
入部当初は慣れませんでしたが、京大らしい文化で好きになりました。
今日で最後。関国の前日みたいに、見返して自分で納得できる事が書けたら良いな。
はい。それでは、書いていきましょう。
第1章 選手として過ごした14年間
(というタイトルですが、非常に長い!簡単にまとめて書きますね)
選手育成コースに入ったのは8歳の夏。ただひたすらに、泳ぐ事が大好きでした。
「回れるサイクルを速くしたい」「ベストタイムを出したい」「姫路の大会で金メダル欲しい」
振り返ると小さな目標でしたが、当時の僕を奮い立たせる理由には十分だった。
何なら「頑張って練習して速くなっている自分、カッコよくね?」って思う、イタい奴でした(笑)
水泳を続ける中で、様々な事を学びました。
プールに一礼をする理由も、先輩やコーチに対する礼儀や敬語も、力を合わせてリレーに出る事の楽しさも。今に繋がる全てを教えてくれたのは、周りの人と水泳そのものでした。
中学校の顧問に言われた「感謝を伝える行動が第一。自らのために積む努力は、その上で初めて意味を成す。」という言葉は、今でも大事にしています。
勉強との両立で苦しい時期もありました。引退5か月前に、決死の思いで移籍も決断しました。
家族と恩師が支えてくれて、最後の近畿総体まで水泳を全力で続ける事が出来ました。
コロナ禍での入学。迷いながらも、大学で水泳を続ける事を決めました。
ずっとスイミングスクールで競技をしていたので、部活動で水泳をするのは初。
入部してから間もない頃は、部活動の雰囲気を勉強して自分の取るべき姿勢を模索してました。
大きなチーム目標を掲げて挑む対抗戦。
「京大水泳部の一員で出る大会、楽しみだな。」
「雄登さんが言っていた。レギュラー種目は、責任を持って泳がないといけないんだな。」
「団体権を取るためにも、自分の種目で決勝に残らないといけないんだ。」
「絶対に点数取れる、と先輩に言ってもらえた。何とかして頑張らないと。」
結果。初めての関国では、芳しい結果は得られませんでした。
周りが抱いている期待に応えようとして入れた気合いは、自分に対しての重圧に変わってしまった。
「思っているよりも、自分は期待される事に弱かったかもしれない。」
自分の新しい一面に気付いてから、水泳に対する気持ちが大きく変わる事になりました。
1.自分の持ち味である「チームに対する熱い気持ち」を、「上に積み重なる力」じゃなくて「後ろから押してくれる力」に変えよう。
2.チームへの気持ちが先走らないように、まずは自分のレースをしよう。
自分のレースをした上で、チームに貢献できるようになろう。
何があっても前向きに捉えて楽しめるくらいの余裕を忘れずに、全開のアドレナリンを添える感じ。
振るわなかったレースでも、反省点と同じくらい出来た点を考えてあげるようにしました。
百発百中で出来た訳ではありませんが、3年間を通して「自分成長したなぁ」と感じる場面が増えました。
京大水泳部の3年で、レースに挑むメンタルを鍛える事が出来ました。
「どの種目でタイムが伸びた」などの結果は、割愛します。
歴代記録とスイムレコードを見れば分かる事やし、引退日記で書くのは必要ないかな(笑)
現役選手として泳ぐレースは、全国公のみとなりました。
最後の1mまで、全力で自分らしく泳ごうと思います。
~ブレイクタイム~
オレンジジュースを飲みました。美味しい。
第2章 メニューを作る・メニューに取り組む
1回生の冬に、メニュー作成の依頼を受けました。週1回のEN練習。
託してもらった事への喜びと同時に、結構プレッシャーを感じました。
Endurance練習の担当。加えて、練習の参加率が一番低い月曜日。
まず第一に「頑張りたいと思える練習内容にしよう」と決めました。
起きる事さえキツい、早朝での練習。
なら、「今日は調子が微妙やったけど、この内容は頑張った」と思ってもらえるようなメニューを作ろうと頑張りました。
後半2年は、メイン・試合前の調整も含めて色々作る担当をしました。
説明の時に「メニューに書いていない意識する点」を口頭で説明して、泳ぐイメージを掴んでもらう事にもチャレンジしました。
(それが理由でマネさんを困らせた事もありましたね。ごめんなさい。)
昨日の練習後にも伝えた事になりますが。
毎回(まずはメイン練習だけでも)の練習前で「意識する目標」を考えておく事と、練習後に「意識できた点」を振り返る事を、大事にして欲しいです。
普段から練習ノートを書いている人には、わざわざ話す事でも無いね(笑)
せっかく練習するなら、自分の力になるように取り組んで欲しいです。
頑張って作ったメニューに一生懸命取り組んでもらえる事が、一番嬉しいんです。
メニュー係として思う事は、大半一緒じゃないかな。
第3章 主任として
「チームの総合力を上げたい」と思い、対抗戦の目標順位は高く設定しました。
高い目標を立てた上で、「実現させてあげたい」と思うシーズンでした。
反省点は多々あります。
優二郎が昨日書いていましたが、最初は厳しく言う事が多くありました。
「言って注意すれば、態度から考え方まで変わるはず」と思っていました。
でも違うかった。
誰もが同じ考えを持っている訳もないし、全員の取り組み方・考え方を完全に変える事なんて1年弱では出来ない。
いや、完全に考え方を変える必要なんて無いんです。
各々が抱いている、水泳への気持ちや姿勢を尊重する事にシフトしようと決めました。
途中からは、皆んなの夢・目標・成長を理解して引き伸ばせるような主任を目指しました。
勿論、選手として強い姿を見せ続ける事は続行しながら。
週オフを作ろうと決めた理由は「週6回に対する義務感を、少し楽にできたら良いな」でした。
部員の皆んなが持っている自主性に懸けましたが、より一段と頑張ってくれるようになった気がします。
後輩には色々と改善すべき点を残してしまったと思います。
それも次の世代以降で改善を進めて、より良い方針を考えて欲しいです。
真新しい取り組みとして作ったからこそ、問題点が見つかったと思います。
トレーニング計画のバラつき・試験期間の出席率など。
僕が主任を務めた「青炎」シーズンは歴史の1ページになるだけで、永久不滅のルールや考え方を作った訳ではありません。
部員にとって何がプラスになるのか。各世代でたくさん考えて、模索して、進んで下さい。
チームがより良い方向に進めば、僕の主任としての役目はOKだと思ってます。