選手としての引退はまだ先になるということで、「主任引退」として日記を書かせていただきます。
GO京大日記として、気軽にお読みください。
多分他の引退日記に比べてカロリー控えめです。
西垣は知らん。
選手引退の日記は然るべき時が来たら書きますので、今しばらくお待ちください。
1年間、なんやかんやありましたが、なんやかんや主任の責を全うすることができました。
主任になることに決まったのは2回生の12月で、それからというもの、落ち着くことなく駆け抜けてきました。
色んな人に支えてもらいました。ありがとうございます。
そんな日々もやっと終わると言うことで、ホッとする気持ちがある反面、心にぽっかり穴が空いてしまいそうな、そんな喪失感もあります。
この主任としての時間は、今までの人生で、そしておそらくこの先の人生でも1番濃い時間だったと言えるんじゃないかと思っています。
前に日記で書きましたが、僕はみんなのことが大好きです。
この京大水泳部が大好きです。
そして競泳が大好きです。
うーん。
いや。
やっぱ大好きは盛ってるかも。中好きくらい。
ともかく。
みんなに、心から競泳を楽しんでもらいたい。
そんな思いでこの1年間色々と取り組んできました。
なんだかんだ言っても、やっぱり速くならなきゃ楽しくありません。
勝負に勝てなきゃ楽しくありません。
みんなが速くなるためにはどうしたらいいか、強いチームになるにはどうしたらいいかを考えて、自分にできることをやってきたつもりです。
この先もっとチームが強くなっていくためにトレーナーを発足しました。
チームを引っ張っていける人がもっと増えていってほしいと思い、少人数グループ制を始めました。
みんなが協力してくれて、少しずつチームが強くなっていくのを感じました。
そして迎えた関国。
チームの雰囲気も最高で、結果としてここ数年で最も優勝に近づくことができました。
みんなで頑張ってきた成果だと思います。
ただ、まだ終わりじゃない。
明日から関カレです。
僕には関カレ1部昇格という目標があります。
京大を、あの関西最高峰の舞台にもう一度導きたいという願望があります。
知っての通り今年も厳しい戦いになると思います。
それでも。
どれだけ近づけるか、みんなで挑戦したい。
最後まで諦めず、勝ちにいこう。
勝つつもりで臨まなきゃ、勝つための経験なんて得られない。
ぶちかまそう。
ぶち上がろう。
覚悟はいいか。
GO!!! 京大!!!!!
2023→2024 総乱舞
みんな飽きてきましたよねごめんなさい、、
【感謝】
要所要所で感謝を述べてたので内容被るところがあると思いますがご了承ください。
1つ上の先輩
まず、トレーナー発足を許可してくださり、トレーナーのことを受け入れてくださり、本当にありがとうございました。
2回生の2月から急に入ってきた、ど初心者の私を暖かく迎えてくださり、頼ってくださり本当にありがとうございました。私は先輩方のことが本当に大好きで、先輩がいらっしゃった時は本当にのびのびと楽しく部活をやらせてもらってました。
そして、引退されてからも、試合に応援来てくださったり差し入れくださったり、連絡をくださったり本当に力になっていました。
現役部員にはあんまり言えなかったけど、先輩方に話を聞いてもらうことで気持ちが楽になりました。引退されてからもたくさん話を聞いてくださった裕一朗さん、優二郎さん、加奈さん。本当にありがとうございます。
もうみなさん様々です(;ω;)
ネガティブな話ばっかり聞くのしんどいと思うのに、親身になって聞いてくださった皆さん本当に感謝しています。。
後、今まで出会った人の中でもトップレベルで熱い想いをもってらっしゃると思ってたひなこさんに、「萌来は裕一朗に次ぐくらい熱い思いをもってる」って言ってもらったこと、話すたびに萌来は熱いって言ってくださったこと、めぐの他人の熱さを肯定してくれる感じに救われてたって言ってくださったことは、熱意を持続させないとって言う頑張る機動力になってました。ありがとうございます。
それ以上のOBOGさん
日々のサポートに加え、OBOG戦の時やいろんなイベントごとでの声かけが本当にパワーになっていました。
皆様のおかげで、不自由なく部活を行うことができています。本当にありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
家族
急に水泳部に入ると言い出した私を、受け入れ、応援してくれ、協力してくれた家族。
お母さんには水泳部入るのやめといた方がいいって言われたけど押し切って入った。
家族全員、びっくりしてたけど、私がやるって決めたら全力で応援してくれた。
七帝で泳ぐのもやめた方がいいって言ってたけど、萌来が頑張ってるの知ってくれてたから家族全員見に来てくれた。いつも誰よりも応援してくれる家族が本当に大切で、本当にありがたかったです。ありがとう。あまり家族に悩みを相談することはないけど、いてくれるだけで心の支えになってたし、部活で孤独を感じても、家族だけは自分の味方をしてくれるって言う自信があったから頑張れた。こはるにもほんまに何回助けられたやろか。
やっぱり史上最高の家族です!だいすきだ〜
後輩
最上回生でチーフトレーナーで女子最年長やのに、鬼弱メンタルで、感情コントロールが下手くそで、空回りばっかりして、迷惑ばっかかけて、頼りない先輩でほんとうに申し訳なかったです。。
恩を返すどころか、みんなに助けてもらってばっかかの1年だったなと思います。
ほんとにありがとう。
私は上述の通り、先輩だいすきっ子なので、今までの人生で後輩のことがだいすきだって思うことは多くありませんでした。むしろ後輩は苦手な分類。
ここまで後輩が愛おしいと感じたのはこれが初めてです。おばさんになったんかなぁ。笑
本当に全員のことが愛おしくてかわいくてだいすきでした。
3回生
みんなが1回生の時に私は後から入ってきました。それなのに、先輩として認めてくれ、トレーナーとして認めてくれ、たくさん頼ってくれてありがとう。トレーナー発足に反対だった人もいたかもしれないけど、文句を言わずについてきてくれてありがとう。個性が強くて明るくて元気いっぱいな3回生のことが私は大好きです。1年半ずっと一緒に部活ができてよかった。新体制、色々大変なことがあると思うけど、みんなで協力しながら乗り越えていってほしいです。何かあったらいつでも相談してね。無理だけはしないでね。みんなのラストイヤーが輝かしいものになることを心から願ってます。
1・2回生
強くて優しくてかわいい子達ばっかり。もっと一緒にやりたかったなぁ。
君たちと話してる時間は本当に癒しでした。まだまだ水泳部人生長いです。焦らず、ゆっくり、水泳を存分に楽しんでください。そしてよりよい京大水泳部を作り上げてね。
3回生の言うことは聞くこと。困らせないこと。皆でサポートしてあげてください。
私は1,2回生を水泳部で過ごすことができなかったから、みんなを見てると羨ましいなと思うことがたくさんありました。みんなはこれから何年かかけて水泳を頑張っていくんだと思うと、同情する気持ちと、こんなにかわいい子たちと何年も部活できるの羨ましいなという気持ちが出てきます。みんなが楽しく部活できることを切に願ってます。
2回生のみんなは、2個下とは思えんくらいフレンドリーに絡んでくれて嬉しかったぁ。2回生はほんまにいい学年やなって思います。もしどっかの学年に入れてもらえるってなったら2回生に入りたい。全員いい子で、優しくて、面白い。ほんまにかわいい後輩でした。ありがとう。
そして、1回生、体幹モビリティよく頑張ったな。私はいつも感動してた。ウエイト早くやりたいやろうに、ひたむきに体幹頑張るみんなはすごくカッコよかったよ!1回生とは3ヶ月くらいしか被ってへんのにモビリティのおかげで結構みんなと話せて私はほんまに嬉しい。1回生が4回生になる頃どんな風になってるのかほんまに楽しみです。みんなの成長をもっとそばで見たかったなってすごく思います。これからも1回生らしくパワフルに頑張ってね。
マネさんズ
マネさんたち。本当にありがとう。たくさん迷惑かけたと思うけど、トレーナーを頼ってくれてありがとう。あんまり頼りにならへん上回生でごめんな。
マネさんたちはほんまにすごい人ばっかで、後輩やのにいつもいつも精神的にも、技術的にも助けられてました。
辛い時もかわいいマネさんたちと話すととても心が安らぎました。
マネさんたちはさすがマネさんという感じで、自信を無くした時、つらいときにマネさんに声かけてもらったら、すごく元気が出ました。
これから、辛いことたくさんあるかもしれんけど、抱え込まずにいつでも頼ってください。私はみんなに恩返しがしたい!ほんまにありがとう。みんなだいすき!
トレーナー仲間
たぴくん、わっち。1年間、ありがとう。
チーフが宮田くんから私に変わって、全然リーダー力はなくて迷惑かけるくせに、色々厳しく言うようになって、ストレスを感じたんじゃないかと思います。ごめんね。
でも私は、本当に2人がいてくれてよかったってずっと思ってました。頑張り屋さんで優しい2人が後輩で、本当に良かった。ありがとう。
こんな素敵な子達が直属の後輩であることが本当に誇らしかった。
私のことをいつも守ってくれてありがとう。2人の優しさには何度も救われました。
二人は部員からの信用も厚いし、すごく頼りにされていると思います。羨ましいくらいに。自信もって頑張ってな。
これからは二人が中心にトレーナーチームを運営することになります。二人で協力して、無理はせずに、辛いときは辛いといっていいんやで。いつでも飛んでいくから。
愛ちゃん、聖羅ちゃん、ひろなちゃん、陸太朗くん、まきまき。
こんなにすごい子達が新たにトレーナーに入ってくれて本当に嬉しかった。その反面、私みたいになんもできないやつがチーフをやってるのが申し訳なかった。何もできないくせに、連絡は厳しくて、ストレスが溜まったかもしれん。
でも何も言わずについてきてくれてほんまに嬉しかった。仲良くしてくれて気にかけてくれて嬉しかった。またこんなに素敵な子達がトレーナーに入ってくれたことが嬉しくて、誇らしいです。
部活引退に当たって、トレーナーの後輩たちともう部活ができないというのが一番寂しい気がします。もっとみんなといろんな話したかったし、みんなと一緒に頑張りたかったなって思います。
時には厳しいことがあったかもしれないけど、私はトレーナー全員のことが本当に大好きです。
わっち率いる新生トレーナーチーム。
当たり前のことを当たり前にできる集団であってほしいです。
「やってあげる」じゃなくて、「やりたいからやる」って思えるトレーナーであってほしいです。(パッパと内容被ったねえ)
みんなから信頼してもらえるチームであってほしいです。
うまくできないことがあっても、一生懸命考えることが大事だし、誠意は、必ず相手に伝わると思います。
これらは、私がずっと心に置いてたことです。
そして、最後にもう一度私からみんなに伝えたい想いです。
みんなでもっともっといいチームを作ってください。
4人も抜けちゃって不安かもしれないけど、みんななら絶対大丈夫です。
応援してます。
何かあったらなんでも言ってください!トレーナーのみんなの為ならなんだってできる気がする。
ついてきてくれてありがとう。本当にありがとう。
これからもちょいちょいお世話になると思うのでよろしくね。
同期へ
まずは、途中入部の私を同期として認めてくれ、輪に入れてくれ、仲良くしてくれてありがとう。歓迎会をしてくれたのは本当にうれしかった。
いろいろ迷惑かけてごめん。何があっても仲良くしてくれてた同期、本当にありがとう。居させてくれてありがとう。新体制になって、みんなでいろんなことを考えて、より良い方に部活を変えてくれたと思います。しっかり話し合える学年で素敵やなと思っていました。変えるというのは勇気のいることですが、いい方に進んだのではないかと思っています。
どの学年よりも同期のレースに一番心動かされたし、一番応援したいって思えた。みんなが活躍すると本当に嬉しかったし、悔しそうやと、私も悔しかった。みんなの頑張りを1回生のころから見れてたらどんなに良かっただろうって何度も思いました。
みんなが作ってくれたチームは、素敵なチームでした。ありがとう。そして3年半、本当にお疲れ様でした。
くるみちゃん、さくら、同期に2人がいてくれて本当によかった。
初めは、2人があまりにも仲良いから、2人の仲に割り込むの申し訳ない、とか思って距離をとってしまっていた気がします。
女子の同期が3人しかいないから、仲間はずれにならないように2人が気を遣って無理に仲良くしてくれてるのではないか、という意識が強かったから。
実際そうやったんかもしれんけど、年月を経るうちに、2人の仲に入れてもらうのが申し訳ない、と思っていたのが、2人の仲に入れてもらえるのが嬉しい。に変わって行きました。
ほんとに2人が快く仲に入れてくれて、いっぱい話してくれて、いっぱい話を聞いてくれて、いっぱい笑ってくれて、いっぱい頼ってくれたおかげです。
大会の時、2人にコンディショニングお願いされる瞬間が1番嬉しかったです。
全員人健で、全員違うコースで実習時期が違ったりして、3人揃う瞬間がとても少なかった分、3人揃った時はとても嬉しかった。本当にありがとう。
しっかり者で責任感が強くて優しくて頑張りやさんな2人にいつも刺激もらってた!
ほんまにありがとう。
南利パパ
圧倒的に長い水泳歴と、スタッフ歴でみんなからの信頼をみるみるうちに築き上げ、文句なしのスーパースタッフだなといつも思っていました。先輩スタッフがいなくなってしまって不安がいっぱいだった私からすればパパがいる日の朝練は救いでしかなかったです。圧倒的な信頼感で、唯一の甘えられるルートでした。パパにはいろいろと本当に頭を悩まされましたが(笑)、本当に感謝しています。ありがとうございます!
水谷くん、宮田くん、まずはトレーナーを作ってくれてありがとう。そして何にもできなかった私をトレーナーチームに入れてくれてありがとう。2人が女子トレーナーもいてくれたらうれしいって言ってくれたおかげで入部を決心出来ました。3人やったときからは考えられないくらいにいろいろできるトレーナーチームになったな。人数もどんどん増えて大きくて立派なトレーナーチームになったな。本当に2人のおかげです。これからもずっと続くチームになるといいね。本当にありがとう。
全員へ
いつもたくさん絡んでくれて、いじってくれて、仲良くしてくれて本当にありがとう。
みんなの愛のあるいじりがとてもありがたかったです。
最高に笑わせてもらいました。どんなに辛い時も、みんなの会話を聞いてるだけで楽しかったし、みんなを見てるだけで口角が上がりました。
入部当初なぜか浸透してた「めぐ様」キャラから気付けば、あら、、、?笑笑ってなってたけど、今の感じになってくれてほんまによかった笑笑(泰地くんはめぐ様呼び初志貫徹してくれてありがとね笑笑それはそれで嬉しかったよ)
4回生になってからいじりが加速した気がするけど全部愛として受け止めてたし、慕ってくれて嬉しかった笑笑
まじで狂うぐらいムカつくことが何度かあったけど、それも含めていい思い出かなぁ〜。
私が泳いでたら一緒に泳いでくれてありがとう。教えてくれてありがとう。応援してくれてありがとう。
そして私をトレーナーとして認めてくれてありがとう。
頼ってくれてありがとう。
辞めたいって思った時も、頼ってくれる人の顔が、ありがとうって言ってくれる人の顔が浮かんできて、この人たちのために頑張ろうって思えました。(何回言うねん)
今辛いって思ってる人、辛い中でも文句言わず頑張ってる人はほんとにカッコいいよ。
でも、辛い時は誰かを頼って欲しいです。1人で抱え込まないで欲しい。いつでも話聞きます。それでも辛ければ、一度ゆっくり休んでみるのも手だと思いますよ。
こんなに近くでアツい日々を見届けられて、一員になれて、本当によかったです。
水泳部で過ごした日々は、私の人生にとって本当に大切でかけがえのない日々になりました。
きっと何年後かにあの時頑張ってたなってすごくいい思い出になるんだろうなぁ思います。まさか大学でまたこんな本気になれることと出会えると思ってませんでした。ほんとに嬉しい。
ついてきてくれた皆さん、本当にありがとうございました。
私もみんなを少しでも元気に、笑顔にできてたらうれしいなぁ。
ほんとは一人一人にメッセージ書きたいけど、ひとりにつき4行に収めたくないし〜
院試終わったら後輩全員に手紙書いて部室に届けに行こうかなと思ってます(^ν^)
口だけになったらごめん(・∀・)
想いは相手に伝えてなんぼ!精神です。ちゃんと渡せてよかった!読んでくれた人ありがとう! 夏季長お疲れ様!
【最後に】
次期チーフトレーナーはわっちです。
わっちのこと困らせたり、悲しませたりしたら許しません。どこからでも飛んでいって、鬼人めぐ発動するからね!
みんなわっちのやさしさに甘えないようにね。
わっちに、幹部に、3回生に!協力してね、約束です。
今ある環境が当たり前だと思わず、いろんな運営をしてくれる幹部や日々メニューを考えてくれるメニュー係やスタッフのみんなにたくさん感謝して、それをぜひ伝えていってほしいです。
その感謝の言葉で救われる人がたくさんいると思います。笑顔であふれる部活にしていってください。
本当にいろんなことがありすぎて、「水泳部」に入ってよかったと胸を張って言うことはまだできないけど、水泳というスポーツに関われたこと、水泳部のみんなに出会えたこと、トレーナーを経験できたことは本当に良かったと思っています。2023/2/18 入部3日後くらいの初めての全体ミーティング
2023/8/12 全国公最終日
2024/6/19 トレーナーコンパ
2023/8/12 全国公最終日 12人全員揃った奇跡の晩餐。4回生全員写ってる写真これしかない。
2024/6/30 関国2日目
本当にありがとうございました。
後2週間、全力で楽しみます。
京都大学体育会水泳部4回生 山岡萌来
2022→2023 青炎
2023→2024 総乱舞
・:*+.\(( °ω° ))/.:+
そしてOBOG戦。
この試合に裕一朗さんがいてくれてほんとに良かったです。だいすきな先輩のレースをもう一度見たい!コンディショニングしたい!!って気持ちがあったからここまで頑張れた気がします。
この試合、みんなめちゃくちゃベスト出てて嬉しかった。王座も奪還できた。OBOGさんのコンディショニングしたらすごく感謝されてとても嬉しかった。また来年もお願いします。と言ってくださる方がたくさん。
MVSのささむがわざわざ「めぐさんのおかげです。」と言いにきてくれて、本当に嬉しかった。
試合の後、同期の何人かでご飯に行けたのも嬉しかった。
OBOGさんのコンディショニング頑張ったご褒美に水谷くんがシュークリームを買ってくれました。
少し前を向くきっかけになった試合でした。
その次の日に、私の大切な後輩のまみちゃんが退部することが決まりました。
当初は12月までは頑張るって話だったので、11月末ぐらいにご飯でも行って話を聞こうかなって思ってたんですが、力及ばず、予定より早めの退部となってしまいました。それもすごく辛そうで。
私の運営方針が誰かを苦しめていたのではないか、私の考えが良くなかったのではないか…
まみちゃんの退部は本当に悲しかったです。
OBOG戦で一区切り、と思ってたけど、まみちゃん抜けるのに私がここで抜けるわけには行かない。
あと竜一くんがこんなに頑張ってるNFのシフトに穴を開けるわけには行かない。とりあえずNF後まで頑張ろうと思いました。
ここで蘇る、水谷くんに言われた言葉
「チーフでよかったね、チーフじゃなきゃ絶対辞めてたでしょ」
そっか、チーフじゃなければ休部できたのに、と思ってたけどチーフのおかげで繋ぎ止められてるのか。チーフでよかったかもなぁと。
NF終わったら休部しようと思ってたけどギリギリのところで少し前進でき、休部するほどではないかって思えて、もう少し頑張れるって思えるようになりました。
NF以降、トレーナーでは連絡漏れとか期限遅れとかが多発し、かなりのストレスがありました。人生でこんなに怒ることはそうそうないってくらい怒り狂ってたこともありました。特に上回生に関しては、一緒に引っ張って欲しかったのに、引っ張るどころか上回生としての自覚が足りてないじゃないかと思うことがたくさんありました。
余裕がなかった私は結構強めに怒ってました。
細かい一つ一つの言動が積み重なって、萌来さん怖いと言う噂が広がり、会う人会う人に言われました。自分が言ってることが間違ってるのか?と不安になるし、なにより何言っても裏を読まれる状況がストレスでした。
今はネタとして流せるようなことも、あの当時は真剣に受け止めてしまってかなり思い悩みました。
テスト期間中に一生懸命作ったトレーナーのインスタ投稿のスライドはたくさん問題があり、没になってしまいました。誰か代わりにやってくれないか、代わりいないなら今週は無しにしてもらえないかと聞いたけどわっち以外全員に無視されました。無視=やれよってことかと思って結局自分でやり直したけど、それも原型留めないくらい修正することになりました。
みんなが私のために修正を教えてくれる時間も勿体無い気がしたし、こんなんなら私やらない方がマシじゃないかって思いました。そして何より、無視されたこと自体が悲しく心細かったし、誰も協力してくれないっていう孤独感を感じてしまって(今考えたら大袈裟すぎるって思うんですがあの時はもう冷静さを欠いてたせいで本気でそう思ってました。被害妄想乙ですごめんなさい)、トレーナーチームが本当に苦痛でした。(わっちありがとね)
こういう状態の中、当時コンスタントにコンディショニングに入ってくれてた幸登くんが話を聞いてくれたことや、泰地くんがよく気にかけてくれて、定期的に元気ですか?って聞いてくれたおかげで心が救われていました。2人は特によく頼ってくれてました。頼ってもらえるだけでも存在を認めてくれてる気がして本当にありがたかったです。
ゆるがんばろ〜の桜、ごっしー、れいかちゃん、川根くん、ひらはるちゃんはほんとに真面目で、練習頑張ってる人たちばっかで、この班のみんなをサポートしたいって思えたのも本当にありがたかったです。筋トレもいつもみんな来てくれて、一緒に頑張れるのが嬉しかったです。怪我をした時とか、可動域を上げたいとか、気になることがあったら、水谷くんに聞いた方が信頼できるに決まってるのに、私に聞いてくれて。頼ってくれたのが本当に嬉しかったです。この人たちのために頑張りたいと思えました。
総乱舞カップ優勝の時のやつ。川根くんいないけど(/ _ ; )
この後2連覇しました。凄すぎ。
ささむのめぐさんのおかげでベストでました発言も、絶対私のおかげではないけど、そんな風に言ってくれる人がいるんだと、光となりました。
朝練行くたびにゆきかちゃんがめぐさん〜って絡んでくれるのが嬉しかったです。ゆきかちゃんはいつも喜んでくれてる気がした。めぐさんご飯行きましょうって定期的に誘ってくれるのも本当に嬉しかったです。
12月のある日、急に前が大きく開けました。
練習に行くだけで感謝してもらえる、こんなにも気にかけてくれる人がいる、ずっと慕ってくれる人がいる。よく思わない人のことばっか見るんじゃなくて、私を慕ってくれる人を大切にしようって思いました。
「12/27(水)世界はしあわせの宝庫」の日記の時です。
ただの連絡係でも、これでトレーナーがうまく回ってるんやから、私はこれでいいんだ。私には私にしかできないことがあるし、自分なりに頑張ればいいんだって思えました。
私を見てると元気が出るって言ってくれる人が何人もいました。
私はスーパーポジティブでその人がいるだけで笑顔になれる、元気になれる、そんな人が好きだし、そんな存在に私がなれるならなりたい!!って思って、みんなといる時はみんなを元気づける、パワーを送れるように頑張りました。
年明けからはついに長期実習が始まり、部活と関わるのは全体ミーティングだけになりました。強制的に部活と距離を置けたのがすごく良かったです。早く戻って、みんなに恩返ししたい。引退するまでに部活に何かを残したいって思うようになりました。
3月には春室や合宿があり、楽しくてやりがいもあったし、特に、合宿ではいろんな人と話せて嬉しかった。
そこからまた実習が始まり、2ヶ月間、土曜日しか練習行けない日々が続きました。
後輩たちが本当にしんどそうだったのに、実習地が遠かったせいで、なかなか話を聞いてあげることもできない、土曜日の練習に行くくらいしかできないし、そもそも新歓期で、スタッフ2人休部してる状況で私たちの実習がはじまってしまい、自分自身が更なる負担になってしまってることが本当に申し訳なかったです。でもみんなが頑張ってくれたおかげでいっぱい新入生が入ってくれたし、スタッフもたくさん増えて本当によかったです。ありがとう。
私自身は、チーフのお仕事はわっちに代わりにやってもらってたし、練習も週1の朝練のみで、部活のことを考える時間がとても減って、すごくメンタルが回復しました。
この頃にはトレーナーチームもすごく協力的になってくれてたし、連絡漏れもほとんどなくなり、トレーナーの仲間は心の支えになってました。お守り作りにトレーナー全員来てくれた時は感激でしたね。ほんとにありがとうございます。
実習が終わってからもいろいろあり、なんて生きづらい世の中なんだって絶望したこともあったけど、部活に行けば、ほっとんどの人たちが慕ってくれてるのがすごく伝わってきたし、新しく入ってくれた一回生たちも本当にいい子ばっかりで、マイナス要素を打ち消してもらえてました。
関国はすごく楽しくて、みんなの活躍を見届けられるのが嬉しかったです。想いを届けられた気がした。一緒に悔しがったり、一緒に喜んだりするのが楽しくて、コンディショニングした人が活躍してるのを見ると、少しでも貢献できた気がして嬉しかったです。
つらいことがほとんどだったけど最後まで残ってこの姿を見ることができてよかった。逃げなくてよかったと思えた大会でした。
水泳がすき、水泳部がすきって楽しそうに練習してるみんなを見るのが幸せでした。そして心の底から羨ましかったです。
水泳がしんどそうな人が、自分に負けじと懸命に頑張ってる姿は、こみ上げてくるものがありました。
みんなの頑張りをそばで見てるのが楽しくて、光栄で、だいすきなスポーツに関われてるのが嬉しかったです。
人をサポートするのが得意ではないので(むしろいつも助けられてばっかの人生)、スタッフは自分には向いてないと思ってましたが、やってみると、自分ができない分、サポートすることで私の想いものせてみんなが戦ってくれてる気がして、応援が力になってくれてたらいいなって思えて、少しはスタッフに向いているんじゃないかって思えるようになりました。めぐ(さん)の応援聞こえたよとか、力になったよとか言ってくれる人がたくさんいて本当に嬉しかったし、大きくて通る声を持っててよかったって心から思っています。
ありがとうと言ってもらえるだけでもう少し頑張ろうって思えました。どんだけ辛くても、優しい部員に何度も助けられたことがあったから、その恩を返したいという想いで頑張ることができました。本当にありがとう。
みんなには感謝してもしきれません。
ふりかえり長くてごめんなさい〜。
【トレーナーとして】
入部当初は何もできてなくても仕方ないで許されるけど、それじゃ嫌だと思って、マッサージのやり方とかストレッチのやり方とか自分ですごく調べてたのが懐かしいです。
技術的なところがわからない分、筋トレの記録表とかコンディショニングの予約の仕方とか、システム的なところをよりよくするために努めました。
筋トレも、初めはベンチプレス、バーさえ上がんなかったので、これじゃ補助もできないいいいいL;゙゚’ω゚’):
人に指導するのに自分ができないようじゃ説得力がないいいいいいい(;´д`)って思って、多い時は週3日筋トレに行って、みんなに「やらせるだけ」の人にならないように頑張りましたねぇ。
代替わりの頃にはドライのメニューを考えさせてもらったり、総乱舞班で、個別にトレーニングを処方したり、だいぶトレーナーっぽいこともできるようになってきました。
技術的なところで未熟な分、選手にもスタッフにもたくさん声掛けして、相談しやすい、話しやすいトレーナーであることを心がけました。
実習に行って、少しは理学療法的な考えもつけることができたし、考える力がついたように思います。
水泳も、だんだんこのタイミングでこの筋を使うからここが疲れるとか、そういうのがだいぶわかるようになりました。
水泳速い人がどういう泳ぎ(骨盤とか肩の角度とかそういうやつ)をしているのかっていう知識もついてきました。
これってなんですか?って聞いてくれる人もたくさん出てきたし、どうすればいいですかって頼ってくれる人もたくさんでした。
マネ業も、技術的にもメンタル的にもだいぶ成長できたと思います。
なんなら泳力も成長できた笑笑
入部当初からは考えられないくらいできることが増えました。
入部してすぐの頃の私に教えてあげたい。
まぁでも正直もっとできたんじゃないかと思う気持ちもあります。
要領が悪く、なんかいつも時間がない〜て思ってたけど、もっと筋の勉強とか、トレーニングの勉強とかできたやろって思います。
チーフトレーナーも、去年できた役職なので、これが正解だったのかはわからないし、もっとできることもあったかもしれません。チーフとして何ができたかと聞かれたら何をしてないような気もします。
入部当初、水谷くんに山岡さんには女子選手のことを主に任せたい、的なこと言われたのに、女子アスリートへのアプローチ方法とか、結局何も会得できず終わってしまいました。。これはかなり悔しいです。
目標だったスーパースタッフには到底及んでないですしね〜(o_o)
と言うことで引退後の目標でも言っとこうかな。
水谷くんにも負けないような、みんなに頼ってもらえるようなそんなトレーナーになるために、もっとトレーナーっぽい勉強頑張ります。そろそろ水谷くんの秘書ポジション辞めたい。もっと対等に話せるようになりたい。
あと筋トレ頑張ります。
腹筋割ります。
ベンチ体重くらいあげたい。
今は見た目ふにゃふにゃのただのJDやけど、見た目からわーっこのトレーナーさんすごく信用できそう〜って思えるようなトレーナーになりたい。
あと当然、院試、卒論、国家試験頑張ってちゃんと理学療法士の資格取って、大学院生で新しいトレーナーチームで活躍できるように頑張ります!!
これからもトレーナー業は続けていきたいなって思えていることがとても嬉しいです。
ふりかえりであんだけネガティブなこといっぱい書いたけど、トレーナーのお仕事自体を嫌だと感じたことは一度もなく、トレーナーは本当にいい役職だなと思っています。
視野は広くないし、スポーツやってきてないからみんなの気持ちがわからないこともあるけど、自分の人生にとって、大きな成長となったし、未来への希望が膨らんだ1年半でした。
Part3へ続きます。。
すみません。
ずっと更新し続けてるのが私はガチ苦痛なんで、自分の担当の日は、朝の9時にあげようって思ってたんですよ。
でも昨日の夜水谷くんが明日の夜までにあげるって言ってたから待ってたんですよ。
ほしたらこれ~
いい加減にしてほんま(笑)
めちゃくちゃ眠い中0時まで待ったのにあがらんかったんやけど。(ほんとは日付変わる前にあげるつもりやったけど23時半ぐらいに寝落ちしてもーた)
最近学校生活まで水谷くんのお世話してる気がするし。しっかりしてくれ!
ほんで4回生、ちゃんと期限くらい守ろうぜ。
お疲れ様です。チーフトレーナーの山岡萌来です。
4ヶ月ぶりの日記です。実習行ってたりトレーナーシフト制やったりして、新入生入ってきてから書く機会なく、引退日記になってしまった、、無念。
最後ですが、未だにチーフトレーナーという称号は慣れませんね。
チーフにふさわしくなるまで名乗らないと決めていたんですが、途中で、チーフにふさわしくなるってむずくね?ってなって最近は割と名乗ってましたが。
さて~引退日記の前に七帝のこと書いていいですか?
かきたいこと溜まりすぎててやばい
一回生は知らないと思うけど、私は中高吹奏楽部で浪人もしてたし、運動経験といえば小学校の2年間くらいしかなかったので去年は泳ぐなんて滅相もない。と思ってたんですけど、やっぱりせっかく水泳部に入ったんやから最後くらいは出たいなって思って、加奈さんにお願いして水着をいただいて、実習中、金曜日の実習終わりにスイムピアでコソ練を始めました。
まず最大の試練、くるみちゃんに50m泳げるようになったらエントリーしていいかと聞いたら、1週間以内に50m完泳しなければエントリーしては行けない、って言われてしまい!!まじで死ぬ気で1本泳ぎ切ったのが6/14。なんとかエントリーでき、週3練習計画を立てました。
関国の後コロナになってしまい、1週間泳げなかったので、それ以降は15日(月)以外毎日泳ぎました。
練習頑張って、50秒切ってみんなに褒めてもらいたい。練習中に応援してくれてた全ての人に、こんなに泳げるようになったよってみてもらいたい。意志が弱い自分に勝ちたい。メンタルが弱い自分を変えたい。その気持ちがとても強くて頑張れました。
七帝前日、体が重すぎてびっくりびっくりびっくり(°▽°)
でも七帝の日はもうあーだこーだ言わないって決めてたので口数がいつもの1/100くらいになってしまいました(笑)怒ってるんじゃないかと思った人申し訳ない…
結局、飛び込み台を目の前にすると怖すぎて、直前で離脱してしまったけど笑笑
マネさんたちを中心に死ぬほど励ましてくれて褒めてくれたおかげでなんとか頑張れました。マネさんの力ってほんまに偉大やなぁ。
泳ぐ前、完泳できなかったらどうしようとか、飛び込めなかったらどうしようとか考えてて、泣いちゃったんですけど、そこにいた京大混合リレメンみんながすごく励ましてくれました。
特にしおり。朝から一緒にアップ行ってくれて、自分のアップをそっちのけですごくビビってる私のそばにずっといてくれて、しぬほど励ましてくれました。
レース直前も自分も泳ぐのに、ずっとぎゅってしながら大丈夫ですよって声かけてくれて意味わからんくらいの安心感がありました。
しおりの応援がなかったらほんまにやばかったかも。ほんまにありがとう。
手足が痺れて力が入らないと言う感覚を初めて体験しました!
ほんまにメンタルが鬼弱なんですよねぇ昔から。
向こう側に向かう時に、みんなが手を振ってくれたり大丈夫ですよって声かけてくれたのが力になりました!
あっという間に始まってしまって、南利さんが飛んでいってしまった、、、
たぴくんが飛び込んでしまった、、、
後ろから泳ぎ終わった後の水谷くんの激励が聞こえる。いつもあんな感じやけどこー言う時だけズルい〜!!笑笑
もうやるしかない〜!!
飛び込んで、一本めの線が見えた時点で、ん?これ25m?流石に違うか、、とか思ってる時に
京大の列くらいについて、みんなが応援してくれるのがわかって頑張れました。8レーン嫌やぁぁぁぁぁって思ってたけど8レーンさいこおおおおってかんじでしたねぇ。
25mの線のところで、え、まだ半分?!?って思ったけど、前日みたいに足が重くなかったし、手の水の感覚もそんなに悪くなかったので、後もう少し!後もう少し!これは行ける!!って思ってなんとか泳ぎ切りました。
パパがお疲れって上から頭ポンしてくれたのがパパすぎて泣きそうやった〜
まだ行けた気がするって思ったけど、陸に上がったら足がガクガクで、
あ、ちゃんと出し切れたんやって嬉しくなりました。
初めて完泳した6/14で1分3秒くらい。
7/20では目標の50秒、密かに立ててた48秒も達成でき、46秒台で泳げて本当に嬉しいです。引き継ぎに0.8かかってるので、スイムだけで言ったら45秒台!!
この1ヶ月、大嫌いな日焼けにも目を瞑って頑張ってきてよかった。
意志が弱い自分に打ち勝ててよかった。自分と向き合えるスポーツ、水泳ってすごくいいですね。
たくさんの人が見てくれて、褒めてくれてとても嬉しかったです。
最初で最後の水泳大会、成功してよかった。本当に頑張ってよかった。
しゅうやくんが、めぐさんのレースを見て僕も頑張ろうと思えましたって言ってくれました。こんな嬉しいことないです。
最後にいい思い出ができてよかったです。
リレーの動画にみんなの応援がいっぱい入っててほんとにうれしかった。なんか悲しいことがあったらこれを見て頑張ろうと思います。ありがとうございます。
また、私もより一層関カレ全国公の応援頑張ろうと思いました。
たぴくん2年とも誘ってくれてありがとね。
たぴくん南利さん水谷くんのこのメンバーで泳げてよかった〜
本当にありがとう!!
励ましてくれた全人類本当にありがとう!!!
犬神家の日記からの成長どうです?
↑混合リレメン(1組目)私終わりの顔してる。
あ、あと直己くん、躁鬱っていうん絶対やめて。笑笑
さて、引退日記。
やっとかくときがきたーーーー!!
もうすぐ引退だーーーーーー!!!
よっしゃぁぁぁぁあ!!!!!!
自分語り多くて申し訳ないいいいいい。
激重です。
初めに謝っておきます。ごめんなさい。
目次
【ふりかえり】
【トレーナーとして】
【感謝】
【最後に】
それでは→
【ふりかえり】
「8/20
夏季長の日
全国公からちょうど1週間が経った
本当はすぐ書きたかったけど何もやる気が出なくて結局こんなに伸びちゃったな
引退日記を書く頃にはこの感情忘れてそうやからメモっとこうと思って
全国公で4回生が引退され、いよいよ代替わりって時に、新潟でコロナ発症してしまい、いろんな人に多大な迷惑をかけてしまった。結局40人中18人が発熱、コロナじゃない風邪も同時流行してたっぽいけど大クラスターになってしまったこと、本当に申し訳ないです。危機管理が足りてなかったです。特に3回生幹部とごっしーには、代替わり早々、初仕事みたいなところで大迷惑をかけてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいです。チーフトレーナーに任命してもらったのに、しょっぱなの試合欠席という事態、トレーナーのみんなにも申し訳なかったです。
みんな新潟→東京のバスに乗せてくれてありがとう。そこで充満させてたらほんまにごめんなさい。1番前の席座ってたら通る人が声かけてくれたり差し入れくれたりしてとっても嬉しかったです。帰ってからもわざわざラインしてくれた後輩、同期、中にはわざわざラインを追加してくれた子もいました。本当にありがとう。
この恩を1年間かけてしっかり返さないとと火がつきました。ラストイヤー、なるべくみんなに恩返しできるように頑張ります。
これを引退の時に覚えてたら貼り付けたい
失速しないように、周りに信用してもらえるように」
去年の夏季長の日に書いてたメモです。正直のせる必要ない気がするんですけど、1年前の私がのせてほしいって頼んでるんで載せておきました。
改めて本当にありがとうございました。
あの時貰った恩を返すべく、1年間走り続けました。皆さんの目にはどのように映ってたでしょうか。
初めて部活に見学に来たのが2回生の2月でした。なんで入ったか、つらつら書きたいけど長すぎるので割愛。気になる人は自己紹介日記読んでください。羽生結弦、とか検索したら一発ヒットです(パパみたいにパソコン強くないんでリンクの張り付け方わかりません)。
まとめると、将来スポーツに関わりたいと高校生の頃から思っていて、部活でトレーナーをやりたいと思うようになったけど、もうすぐ3回生になるというタイミングだったので、トレーナーができるラストチャンスだと思いました。
やってみたいと思うことでも、途中から入ったらよく思われないんじゃないかとか人の目ばっかり気にしてしまってチャレンジできないことが多かったですが、発足からならみんな1からスタートやし入りやすい気がしました。
それに、水泳部のほとんど全員が本当に歓迎してくれてる気がしたので、この部活なら受け入れてもらえるんじゃないかと思えました。
水泳やったことないとか、みんなによく思われないんじゃないかとか心配要素を無視できるほど、トレーナーを経験したいっていう気持ちが強く、入部を決意しました。
以上の通り、ただただトレーナーがやりたくて入部した、という感じで、全然水泳じゃなくてもよかった、というのが正直なところです。
宮田くんと水谷くんがスーパーマンであることは入部してから知りました。水泳経験なくて途中入部、っていう完全な仲間だと思ってた水谷くんはギャングスターズの元トレーナーでした。宮田くんは水泳部目線から色々考えられるしジムでバイトしてるから筋トレとかの知識豊富やし、水谷くんは筋トレ、ストレッチ、怪我の対応とか知識がえぐかった。
いや、びっくり。ほんまに笑笑
水泳は小中のプールの授業でしか関わったことなかったし、中高は吹奏楽部でスポーツにさえ関わる機会はなかったので、入部当初はほんとに何もできませんでした。
初めは肩身が狭すぎましたねえ。私は水泳もトレーナーもできなければ、理学療法の知識も浅く、このままじゃただ入っただけの人になってしまうとかなり焦りました。
水泳をやったことがなかったから50mやったら大体みんながどれくらいで泳ぐのか、とか45秒ってどれくらいなのか、とか全然わかんなくて、マネ業もすごく苦労しました。
ウォッチの使い方もよくわかんなくて、10の位をどうやって計算するのかもわからず、メインの日とかはウォッチを家に持って帰ってずっと睨めっこしてました。
メニューの内容もわからんし、どのくらいキツいかも全然わかんなくて、みんなを励ますのも難しかったです(これは今もなんですけどね)。
周りはそんな私に気を遣って、ちょいちょい仕事を分けてくれていました。せめてもらった仕事は頑張ってやりました。皆すごく優しい目で見守ってくれて、慕ってくれて、褒めてくれて、頼ってくれて、私にもできることがあったって嬉しく思いました。
何もできない私をあたたかく迎えてくれた当時の水泳部の方々には本当に感謝しかありません。
ちょっとでも何かできたら死ぬほどほめてくれたし、朝練に行ったらタイムとってくれてありがとう。って言ってくれるし、話しかけてくれる人がたくさん。
水泳部の皆さんが、めぐは必要だよ!!ありがとう!!!って伝えてくれるから、こんな私でもいていいんだって思えたし、辛い思いをせず、楽しく前向きに活動できました。
気づけば新しく4人もトレーナーが入ってくれました。自分も全然何もできてないのに指導もしなあかん、勉強もそこそこ頑張ってたし、3回生の前期はしんどすぎましたね。いい意味で。結局、指導はあまりできなかったんですけど、、気づいたらみんな立派になってて、ほんまにすごいな、って思ってました。
トレーナーは発足したてで懐疑的な声がちらほらあったし、不信感与えないように、信頼してもらえるように、言葉遣いや行動を気をつけました。
全ての試合が初めてで、七帝の雰囲気、関国の雰囲気、関カレの雰囲気、全国公の雰囲気、それぞれ全然違って、本当に楽しかったです。
特に春室は水泳の試合というものを初めて観たので、結構感激しました。テンポが早すぎてびっくりしたな。
4回生は本当に偉大で、4回生がいらっしゃる間の部活は本当に楽しかったです。
私は根っからの妹気質なので、誰かの後ろに隠れて甘えてるのがすごく好きで、いつも加奈さん中心に甘えさせていただいて、のびのびと部活をさせてもらってました。
加奈さんがいらっしゃる時はほんとにいつも甘えてて、加奈さんに萌来できる?って聞かれて、無理です〜〜(ニヤニヤ)加奈さん一緒にやりましょ〜っていうのが日常でした。
絶対的信頼のある加奈さんと一緒にサークル出したり、メインの日はサークルは出さずにタイムだけとる、みたいな。
そんな私も加奈さんが引退される2週前から焦り出しました。
このままじゃ加奈さんに最後まで甘えてしまう!!って
去年は、4回生に会いに、8月の練習は全部参加してたので、8月の練習のどっかで絶対1人でマネ業を完璧にしてみせる!!加奈さんが引退する前にカッコいいところ見せる!!加奈さんが安心して引退できるようにしたい!!!!!って毎日朝練めちゃくちゃ意気込んでました。
8月のどっかで、ロングを1人で担当することがあり、(加奈さんとの思い出を書き綴った加奈さん日記にて、8/5と判明)50mを往復してサークル出して、タイムも多分取ってて、メインが終わるまで完璧にこなせてたのに、メインが終わってすごく安心してしまって、最後のメニューを忘れてしまった時は、悔しすぎて、泣いてしまいました。ラストチャンスやったのに。
ものすごく落ち込んでたら加奈さんに、「全部気にしてたらキリないよ」って、周りに出しちゃダメだよ(なんて言われたか忘れちゃったけど、こういう感じのこと)を言われて、あぁ、もう甘えてられないんやって感じました。
先輩の引退をありありと感じた瞬間でした。
きっと加奈さんも辛いことがたくさんあったんだろうなって、でもそれを周りに見せないようにしてきたんやろなって(引退日記でも書いてあったし)思って、ものすごい言葉の重みを感じました。
もう弱いままじゃダメなんだ。周りに甘えてたらダメなんや。
私が最上回スタッフになるんや。って感じざるを得なかったです。
もちろん、励ましてもくれましたけどね!
結局、加奈さんが引退されるまでに一度もノーミスでマネ業を遂行することはできなかったです。悔しい。
4回生ラストレースとラストマネやった、新潟の全国公は一生忘れません。なんぼ何でもカッコよすぎました。
4回生が引退されてから本当に辛い日々が続きました。
先輩がいる半年はあっという間やったのに、ラストイヤーはほんまに長かった。
だいすきな4回生がいなくなってしまうと言うだけでも大ダメージやのに、水泳というスポーツに関わって僅か半年で最高学年になってしまった。
同時にチーフトレーナーになってしまった。
しかも…
正直この1年間、先輩がいらっしゃった時と同じように心から楽しめたことはなかったです。
チーフトレーナー、初めは本当に嫌でした。
周りに信用してもらえるように行動してたのが良かったからか、代替わりしたら私がチーフになるというふうになってしまいました。
信用してもらうって言うのは目標だったし嬉しい反面、こんな何もできない私がチーフトレーナーになるというのは自分も周りも納得しないんじゃないか。
それと、自分の性格上、上に立つとあんまりよくなくて。
抜けてるし、統率力もないくせに、責任感が無駄に強いせいで結構思い詰めちゃうところがあるし、熱くなりすぎて周りとの熱量に苦しめられることがあったりとか、不器用なくせにみんながやらないなら私がなんとかしないとって思って空回りしちゃったり、余裕がなくなってきて、人に厳しく当たってしまうことが過去によくありました。(案の定今回も全クリですね。)
当時のトレーナーチームはほとんど宮田水谷の知識に頼りきっていたところがあったので、自分の存在意義がどうしても見出せませんでした。
別に私がいなくても何も変わらず進めて行けるし。
ただの連絡係。
水谷くんが連絡苦手やから、消去法で私になっただけや。
水泳歴が長くて最年長でマネ業もできる南利さんがやればいいのに。
でもあまりにもチーフが嫌だといいすぎて、信頼して任せようと思ってるのに嫌だって言わないでほしいって言われてしまい、人の信用をそんなふうにいうのは悪いことしたなぁってチーフも頑張らないとなぁと思いました。
あっという間にオフが明けてしまって、部活が始まってしまいました。
マネ業もうまくできなかったし、トレーナー業もできないことばかり。私はなんのために水泳部にいるんやろって、その時は人間関係もいろいろあったので、存在価値がない、どころかいるだけで害になるまであるし、きっとみんなにもそう思われてるだろう。
私のせいで拗れてしまった色々に対して、私なりに一生懸命改善に努めましたが、何も変えられませんでした。
私なんかがドライ運営するのが申し訳ない。新シーズン初めの方、みんなの目が怖くて、睨まれてるように見えました。ドライの最中に話してる人とかいれば私の悪口を言ってるように見えました。
練習初日は、周りにも心配かけてしまうくらいメンタルがやばくて、何気ない一言が怒られてるように感じて、ドライをうまく運営できない自分にも嫌気がさして、ずっと泣きそうでした。
加奈さん、周りに出してしまって本当にごめんなさい。
始まって2週目のある日琢人くんに「萌来はもっと元気にドライを運営してほしい」と言われました。ほかの誰でもなく私やからこそ、朝からみんなを活気づけてほしいと。
テンションが低いことは自覚があったけど、どうしても前を向けませんでした。
笑うと恨まれる気がする。楽しそうにすると不快に思われる気がする。
笑いたくないのに無理に笑ってた小学生の頃を思い出してしまって、何でいつも私は辛くても笑わないといけないのか。なんで辛いのを誰にも出してはいけないのか。そんな気持ちでいっぱいになってしまい、その日は逆にやる気を失ってしまいました。。
琢人くんは人間観察力が高いので、そんな私に気づいて練習後に謝ってくれました。私が悪いのに謝らせてしまって、ほんとに申し訳ない。
でも琢人くんのその言葉は私にとって大切な言葉になったと思います。
私をよく思ってない人はいるだろうけど、琢人くんみたいに、私が元気でやることで元気がもらえると言ってくれる人もいる、というのは私にとって救いになったし、今思い返すと辛い日々を抜け出すきっかけになったように思います。
オフ期間中、チーフの私の動き出しが遅すぎたせいで新シーズンについて決めることが全然決まらず、新シーズン始まって2週目くらいに急遽電話で話し合いをしないといけなくなったんですが、もうその時メンタルが終了してたため、水谷くんにチーフが嫌だって泣きながら話してしまったことがありました。
水谷くんは、連絡するのは大事なことやし、別に全員が全員、コンディショニングができるようになる必要はないから、私みたいに運営する人と水谷くんみたいに選手に対応する人で分けたらいいんじゃないかって、自分が得意なことをやればいいよって励ましてくれました。
でも私は別に連絡するためにトレーナーに入ったわけじゃなかったし、もっといろいろできるようになりたかった。
そしたら、水谷くんは、確かにね。ってこれからのことを一緒に何時間も考えてくれました。
もうチーフが嫌だ。辞めたい。ってなってた頭が少しスッキリして、こんなに考えてくれる人がいるんやってなって、チーフ、頑張ってみようって思えました。
これ以上人に迷惑かけたくない、任されたことは頑張りたい、自分の言動に責任を持ちたい。
せめてスタッフの力にだけでもなりたいと思って、トレーナー業は頑張りました。
トレーナーの創設者の宮田くんは主任やから、トレーナーの方はめぐに任せとけば大丈夫だって思ってもらいたかった。トレーナーが宮田くんの心配事の一つになって欲しくなかった。
マネさんにもトレーナーが、めぐさんがいてくれたら心強いって思ってもらいたかった。
この頃、私がトレーナーをやる理由は、スタッフにはもう「先輩」がいないし、同期のマネさんもいーひんから、私がスタッフ全体を引っ張らないと、とか後輩マネさんズに負担かけたくないとか、後輩には辛い思いせず伸び伸びやってもらいたいとか、マネさんからもトレーナーからも頼ってもらえるスタッフにならないとっていう責任感と、弱い自分に負けたくないし、やるって決めたこと途中で投げ出すの大嫌いやし、責任逃れしたくないっていう理由だけだったように思います。
完全に部活に対する目的を見失ってしまっていました。みんなに信用されたい。後輩たちに辛い思いさせたくない。そんなことばっか考えて、トレーナーの本来あるべき姿である、選手をサポートするとか、選手を速くするとか、大事なことを忘れてしまっていた。完全に自分本位なトレーナーになってしまっていた。。。ダメダメです。
こんなネガティブな理由で続けてたので、部活がほんとに苦痛で、毎日辛すぎて、この世から消えてしまいたかったです。
ただ部活をやめるだけじゃ関係は切れないので、本気で休学しようか迷いました。
しかし、当時休部者が3人もいて、しかもトレーナーにいてくれたかわいい後輩も辞めるか迷ってる、と言う状況だったため、私まで休部する、やめると言うと幹部に申し訳ない。トレーナーに申し訳ない。ゆるがんばろ〜のみんなに申し訳ないと思い、せめて1ヶ月。OBOG戦までは頑張ろうって決めました。
Part2へ続きます。