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  <title>京大水泳部練習日記(2022/3~)</title>
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    <title>引退日記　髙木湧強②</title>
    <description>
    <![CDATA[<div style="color: #333333;"></div><p>３．メッセージ<br />
まずは皆に、主任として考えてたことを少しだけ。<br />
<br />
主任として、は絶対自分本位になってはいけないし、かと言って主任に軸がなくても務まらないしで、すごく難しかったです。<br />
その中で、自分なりに、いかに皆の理想に合わせられるか、いかに皆に行けるって思わせられるか、勢いをつけさせられるか、を常に考えていました。<br />
<br />
<br />
自分の中での、チームの方向性の答えは<br />
<br />
<br />
<br />
勝てるチームから、勝ち続けられるチームに<br />
<br />
<br />
<br />
ということでした。<br />
<br />
これはチーム全体として、例えば関国で総合優勝するとかもそうですが、選手・スタッフ、レギュラーかどうか、全国公・インカレに出場するかとか全部の枠組みを取っ払って皆が自分に勝ち続けられるチームになることが大切なんじゃないかと思ってずっと大事にしていたことです。<br />
<br />
<br />
将来このチームで、水泳で飯を食っていく人はほとんどいないと思います。<br />
その中で、このチームにとって、皆にとって、本当に重要なのは何かって考えた時に、それはどんな結果でもなくて、<br />
<br />
<br />
・全力で物事に取り組むプロセスの中で各人が得られるもの<br />
・全力で物事に取り組むプロセスの中で仲間と得られるもの<br />
<br />
<br />
だと考えました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
もちろん、チームとしての関国優勝、1部残留や、個人として全国公・インカレ突破、決勝進出、表彰台といった結果を追いたくなるし、結果を求めて水泳をやることは全く悪いことじゃないと思います。<br />
<br />
<br />
よく結果よりもプロセスが大事だとか言われるかもしれませんが、<br />
これは本当に個人的な意見ですが、<br />
それを目の前の結果を必死で追っている人に対して言うのはめっちゃ失礼なことだと思います。<br />
<br />
<br />
いち選手として、いちスタッフとして、目の前の結果が全てのように思えて、それを必死で追いかけることは何も悪いことじゃない。<br />
それでしか得られないこともいっぱいあるやん、って感じでした<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
結果よりもプロセスが大事だっていうのは全部終わってから、全部全力でやりきってから始めて思えることだと思います。<br />
道中でそう思えてる人が悪いって訳じゃないですもちろん。<br />
こう表現がむずいですけど。<br />
<br />
<br />
ただ、主任として全体を見るときには本当にみんなに残るのはプロセスだってことを絶対忘れないようにしていました。<br />
<br />
<br />
<br />
だから、<br />
・当たり前のことを当たり前に<br />
・メリハリつけて部活に取り組む<br />
・自分の強みを持つ<br />
という、結果を出すためのプロセスとして大事なものをこの1年間は提示し続けてきました。<br />
<br />
<br />
目標設定シートもやってみましたが、そこで目標タイムとかだけじゃなくて、どんな面で自分の結果をコントロールするのかを具体的に考えられるよう作ったつもりです。<br />
<br />
<br />
そして、目標だけ提示してこれやろ！って言っても具体的なビジョンが湧かないし、一口にプロセスを大事に！とか言っても何それってなるし、<br />
主任として、今一人一人が、チームが、何の・どんなプロセスをどう大事にするべきかは、都度言ってきたつもりです。<br />
プチオフに半期の振り返りをやってもらったのもそういう意図です。<br />
<br />
<br />
<br />
なんか言ってるな、とか、なんか介入してきたけど、って思うようなことがあったら一応そういう意図でしたってことだけ伝えたかったです。<br />
また、言ってほしい時に言ってほしいこと言ってもらえなかった人もいると思います。<br />
それは、もちろん気づいてるし、苦しんでるところを見るのは本当に辛いですが、能動的にもがいて戦うことが必要な場面やと考えたから敢えて口出ししてません。<br />
<br />
<br />
<br />
もちろんここで言ったことが完璧に出来てた訳ではないと思います。<br />
けど、主任として、そういう思いがあったことはちょっと分かっててもらえたら嬉しいです。<br />
<br />
<br />
<br />
また、皆との距離感の作り方も考えすぎぐらい考えちゃってて<br />
誰からも等しく頼りたいときに頼れる存在でありたかったので、近すぎず遠すぎずと思ってました。<br />
<br />
これからはラフにみんないっぱいご飯いこーね^^<br />
<br />
<br />
では、現役のみんな個人あてに！<br />
<br />
1回生<br />
えりゆう<br />
いばこうの後輩来てくれると思ってなくてほんま嬉しかった！<br />
全体的にめっちゃ良い泳ぎしてるからFrだけ積み込み頑張ってくれ<br />
誰よりも人を巻き込む力あると思う。誰よりも応援される選手になっていってね！<br />
関国の悔しさ忘れんなよ、来年楽しみにしてるぞ<br />
<br />
さくたろう<br />
最初はめっちゃ心配やったけど笑ここまでよく頑張れたんちゃう？<br />
自分で自分のコントロールだけしっかりな<br />
伸び代無限大やし高いとこまで行ってくれ<br />
<br />
さくら<br />
同じ大阪出身で始めっから喋りやす過ぎた笑<br />
後輩やからとか遠慮せず練習でも試合でもガツガツ自分出していって良いからね！<br />
個性豊かな1回生を頼みます^^<br />
<br />
しみなぎ<br />
入部当初から意味分からんぐらい積極的に喋ってくれて色んなこと聞いてくれて部活支えてくれてありがとうすぎる<br />
たくさん部活にのめり込んで、水泳にのめり込んで、チームを強くしてってくれ<br />
<br />
めい<br />
ほんまに1回生？ってぐらいの動きぶりで凄すぎた、関国終わりにLINEくれたんもほんまありがとうね救われました<br />
みんな頼りにしてるけど自分のことを1番大事にな〜、笑顔でチームを包んであげてね<br />
<br />
れんと<br />
初っ端から大車輪の活躍、頼もしすぎた<br />
4月に話して、れんと信じて良かった<br />
いつどんな時でも楽しむ気持ちは忘れずに！生き生きしたれんとでいれば常なんとなる！<br />
思いっきり伸び伸びやっていきや〜！<br />
<br />
あつし<br />
まず、やばいと思う前に週オフは使うこと。笑<br />
競技に打ち込む姿勢もそうやし、他の取り組みの姿勢も誰よりもちゃんとしてたその人間力の高さ尊敬してます。<br />
めっちゃ伸びるぞ、自分を信じて突き進んで！<br />
<br />
ゆい<br />
どこまでも真っ直ぐで素直な姿勢が良すぎた<br />
どんなことも、ゆいが笑顔でいたらゆい自身もチームも常なんとかなる気がしてます<br />
ブレ面のホープ、応援してるで〜<br />
あ、単位は早いこと取っとくんやでほんま笑<br />
<br />
ほりたいち<br />
なんかあってもなくても飛び込みたくなる懐の深さには何回も救われました<br />
関国の8k終わり、今でも感謝しかないです。<br />
超強力な先輩揃いのトレーナーやけど、ほりちゃんにしか出来んことある。自信持ってチーム支えて行ってね！<br />
<br />
こうた<br />
周りの見え方とか考え方とか似ててびびった<br />
色々考え過ぎて動けんようにならんようにだけ！時には思いっきりやるのも大事やで〜<br />
ちょっと書ききれんから積もる話は飲みで^^<br />
<br />
ゆういちろう<br />
飛びっきりの明るさと元気さにいつもパワーもらってるよ〜<br />
時にはネガティブになっちゃう時も立ち止まる時もあって良い、どんな壁も絶対乗り越える力持ってるから常思いっきり全力で思うがままに！<br />
<br />
<br />
2回生<br />
かずより<br />
思いっきり喜んで、思いっきり悔しがって、人一倍水泳を楽しんでる姿勢が好きやった<br />
全国公終わりに宣言したこと覚えてるで、めっちゃ応援してるな<br />
自分基準で、自分のペースで着実に！<br />
またご飯誘います^^<br />
<br />
広大<br />
自己管理がピカイチで上手くて、決め切ってくる力にはもう尊敬しかない<br />
これから自分・チームのことでバランス取るの大変なってくるかもやけど広大なら大丈夫<br />
自分らしさを大事に！フルパワーでやっちゃって！<br />
<br />
けいた<br />
なんかけいたと喋ってる時間めちゃ好きやった、ダル絡みしてごめんな笑<br />
ブレ面がどんな苦しい時でも淡々とベスト出し続けてて凄すぎたし毎回けいた見て頑張ろって思えてた、これからも遠慮なく突き上げてくれ！<br />
<br />
加茂ちゃん<br />
色々抱えながらほんまによく頑張ってくれた<br />
時には弱さ見せてもええんやで<br />
今の経験があったから、って後から言えるように出来るだけの力は絶対あるから<br />
まずは完全回復させて、そっから思いっきり飛躍したろな、応援してんで！<br />
<br />
河野<br />
そんなに隅々まで管理が行き届いてる人は見たことない笑　絶対気抜いたらあかんっていつも思わせてくれる存在やった<br />
イケイケで乗ってる時の河野は強い！自信持って自分を乗せて思いっきり！国公立のBrを引っ張ってくれ<br />
<br />
りさこ<br />
分からんとこあったらめっちゃ質問してくれて、選手のことを人一倍理解しようと、自分が出来ること全部やろうとしてくれる姿勢が嬉しかった！<br />
水泳部1本じゃないことは弱みじゃなくてりさこの強みやで、休む時はしっかり休むこと！笑<br />
<br />
りお<br />
いつも皆に安心感を与えてくれて、なんか誰もが頼りたくなる存在やな<br />
献身性はスタッフの鑑すぎるけど何より自分のことは自分が1番大事にするんやで〜皆にとっても、りおが笑顔でおれることが1番！<br />
<br />
松波<br />
ほんまに色んなこと喋ったな。気持ちに全てが追いつかんしんどさは見てる方ですら辛いもんがあったけど、ひとまずよく乗り越えた<br />
自分で自分のコントロール効かせながら、自分のペースで頑張れよ〜<br />
あ、個人で50Fr30秒早く割ってください^^<br />
<br />
村松<br />
その飛びっきりの元気と明るさに何回救われたか分からん、感謝しかない<br />
なかなか思うような成長曲線じゃなくて苦しいかもしれんけど笑ってれば良いことある！これマジ。<br />
自分の良さ常に全開で！がち応援してんで<br />
<br />
守屋<br />
水泳が超好きで、常にコツコツ無駄なく水泳に取り組む姿が印象的<br />
その姿勢は常に崩さず！最強同期がおっても自分のペースで良いからな<br />
全国公も、その先にリレメンも、絶対達成して欲しいし、行けます。結果見とくな〜<br />
<br />
<br />
3回生<br />
ふみえ<br />
人に寄り添う優しさを誰よりも持ってて救われてる人も多いんちゃうかな、このチームをたくさん救ってくれてありがとうな<br />
ふみえにしかなれないマネ像があると思う、自信持って！自分らしさを忘れず楽しんで！<br />
<br />
池松<br />
なかなかもどかしい思いがずっと続いてるやろけど、轟入って明らかに1番気合い入ってたの見てたよ<br />
ラストイヤーはそれを最後まで！笑<br />
最後の詰めをしっかり、悔いなくやり切ってくれ。思いっきりベスト出してる池松が見たい！<br />
<br />
しゅうや<br />
めっちゃ愚直に取り組むし、泳ぎもめっちゃ聞いてくれるし、ほんで泳ぎもどんどん良くなって冬場1番成長した選手の1人やった<br />
夏は苦しかったかもやけど、土台は上手く築けてるから絶対大丈夫。これ！って決めて大爆発してな！<br />
<br />
しゅんすけ<br />
ずーーっと抜かりなく積み重ねて来たね、メリレのインカレ割りも関国表彰台もほんまに嬉しかった<br />
これからはさらに、主将としての責務ものしかかってしんどくなることあるかもやけど、良い意味で背負わんで良いし全部捨てたら良い。バックは何故か常に周りのレベル高いけどかまし続ける背中を見せることも大きな仕事になるからな。<br />
ほんでそんだけの力あるから自信持って！とにかく全部ぶちかませ！<br />
しんどくなったら、ならんでもいつでも飯行くで^^誘ってな^^誘うし^^<br />
<br />
太田そうき<br />
関国決勝残るまでは調子乗りそうやから喝だけ入れ続けるな笑<br />
その気になれば物事見る目とセンスは誰よりも長けてるんやからそれを水泳にも全部ぶち込んで実行まですること。ほんで次に京大のIMを背負うのはあんたやぞ。あんたが背負って魅せてくれ。<br />
<br />
ひろな<br />
表ではすごい遠慮しがちに見えるけど、水泳部のことを1番客観的に見れてると思うし、感情抜きにして判断下せる人やと思って結構頼りにさせてもらってました。何気なく言ってることにハッとさせられたり、いやそうやんなって自信持てたりで助けられてた。ありがとうなぁ<br />
全員がガツガツ引っ張らなあかんって訳じゃないし、スタッフで女子主将やる難しさを感じるかもしれんけど自分らしく、自分にしかなれない女子主将になったら良いからね。自信持って！思いっきり楽しんで！！！<br />
<br />
たまき<br />
誰よりも怪我で泳げない苦しみを分かってると思うし、辛い思いもしてると思う。<br />
こっからはラスト1年、ある意味先が見えてきてるからな、思い残すことなくやり切ってくれ、絶対いけるぞ<br />
<br />
児玉<br />
自分にとって大事な時期によくコンディショニングしてもらったし色んな話もしてくれてめっちゃ助けてもらった、ありがとうやで<br />
めっちゃ謙遜してたけど児玉には児玉の良さがあって役割がある。自信持って楽しんで！<br />
<br />
しょうこ<br />
何回しょうこの明るさに救われてるか分からん、ほんまにありがとうやで<br />
水泳部最優先！って感じに見えて他のこともちゃんとやって、相当しんどいやろなって思うこともあったけど全く周りにそれを見せない強さは圧巻です。<br />
でもチーフになるからと言って周りに気遣いすぎることなく！自分で自分を一番大事にして、時には自分が楽しめることを優先してもええからなぁ。最後まで楽しみ切ってな！<br />
あ、オーリング何回でも開催して全部行くわ^^<br />
<br />
しみゆう<br />
報われて欲しいって強く思ってた後輩の1人、今シーズンはほんまに凄かったし嬉しかった<br />
ラストイヤーももっとぶちかませ！って言いたいとこやけど地に足つけてコツコツと！<br />
地道な積み上げの元に爆発があるのはよく分かったはずやしな、応援してんで<br />
<br />
かずき<br />
帰国してから吹っ切れてスッキリして水泳出来てる気がするし、今凄まじい成長速度で見てるこっちも気持ちよかった笑<br />
常に気負うことなく楽しんで！今の調子で！必ず地元埼玉での引退叶えることな<br />
<br />
りくたろう<br />
人一倍ストイックなのは超すごいんやけど、自分を追い込みすぎんよーにな〜<br />
1つ1つ目の前の出来ること・出来るようになってることをめっちゃデカく捉えて良いんやで、そしてそれを大切に！ぶちかましてくれ<br />
<br />
かずさ<br />
ブレでベスト出してくれた時マジで嬉しかったな〜<br />
目標宣言をみんなにしてそれに向かって取り組めてるんはほんまに凄いこと。俺もやしみんなまじで応援してる。妥協なくやり切ってな<br />
来年の対抗戦の決勝楽しみにしてます！<br />
<br />
真喜屋<br />
競技に関して1番頼れる後輩やったし、みんなからしてもそうなんちゃうかな<br />
真喜屋に認められたら嬉しかったんよなぁいっぱい褒めてくれてありがとう笑<br />
めっちゃ冷静に物見れること、自分の軸がしっかりしてること、そして人を動かす力があること。こんだけのチーフやっていく上で必要な力を備えてるんやから、自信持ってチーム引っ張ってって欲しいし、主任主将を支えてあげて欲しい。<br />
ほんで頼りにしちゃうけど、自分が1番楽しむこと忘れずに！幹部伸び伸びやって楽しんでな！<br />
<br />
りゅうた<br />
ほんまにいっぱい話したな〜、水泳以外の面も含めて、1年で1番成長してくれた後輩やと思う<br />
色んな形で貢献してくれてるし、頑張る気持ちもめっちゃ伝えてくれてるし、ずっと嬉しかったよ<br />
競技に打ち込める最後の年、悔いなくなりきれよ！<br />
<br />
ゆうせい<br />
まずは今シーズン2フリやってくれて、リレーもプレッシャーかかる1泳やってくれてほんまにありがとう。去年は全然出れんかったけど今シーズンは一緒にリレーいっぱい泳げて楽しかった！<br />
主任としてのプレッシャーとか重さとか、そんなんは一番よく分かってるつもりやけどあんまり変に気負い過ぎてないようにも見えるんよな、だから全然心配してない笑<br />
伝えたいことは2つ。<br />
人にいっぱい頼りまくって感謝しまくること。もちろん俺も全力で協力します<br />
あとは言ったことあると思うけど自分に保険をかけすぎないこと。そもそも能力あるんやから自信持って思いっきりやったら絶対大丈夫やのに、保険かけて限界作ったらもったいないで。<br />
<br />
主任としても、選手としても上手く行かんこともあるやろうけど、全力でやったうえでのことを咎めてくるようなチームじゃないんやから。完璧でなくて良いし、泥臭くて良い。自分の可能性を信じて、チームの可能性を信じて、皆と最高の1年にしてな。ゆうせいなら出来ます。誰よりも楽しんで！！<br />
現役の時はあんまできんかったけど、なんかあったらいつでもヨシヨシしてあげるから言いな^^</p><br />
<p>長くなりすぎたので、4回生には各日記にコメントします！！！<br />
<br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/fadf0ce0.jpeg" alt="" /> <br />
<br />
居心地の良くて、めっちゃ頼りになって、一人一人の軸がしっかりした最高な同期に恵まれました。<br />
大好きやぞ～ほんまにありがとう！！<br />
<br />
<br />
<br />
幹部みんな宛てに<br />
<br />
1年間まじ意味わからんぐらい喋って、ぶつかって、笑って<br />
幹部として色んな思いを共有したし、ほんまに多くの時間を共有してきました<br />
あんま上手く言えんけど、とにかく最高な幹部でした<br />
みんなやったから突っ走れたし、なんかあっても救ってくれると思って全力でやれました。<br />
たくさん支えてくれてありがとう、みんなのおかげでほんまに楽しかったです<br />
<br />
細かいことは飲みでいっぱい話すぞ～^^<br />
<br />
<br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/kannbu.jpg" alt="" /> <br />
<br />
<br />
<br />
<br />
では先輩方へ<br />
引退してからもこんなに気にかけて下さって応援してもらった主任はいないんじゃないかなってぐらい、本当に多くの先輩方に支えていただきました。<br />
一つ一つの応援が、連絡が、とても嬉しかったし本当に大きな心の支えになりました。<br />
先輩たちのおかげでここまでやりきれました。<br />
<br />
ずっと追い続けていた先輩たちの背中にどこまで追いつけたか分かりませんが、ここまでやってきたことに何一つ後悔はないです。<br />
感謝しかありません、本当にありがとうございました。<br />
ご飯いっぱい誘って下さい！！！！！！！！！！！！！！！<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
他大学の人たち<br />
色んな大学ごとに、それぞれのカラーがあって広く関わりを持てて楽しかったし、自分にとって大きな財産になりました。先輩同期後輩問わず、たくさんの人と交流を持てて楽しかったです。<br />
特に阪神の同期にはいっぱいダル絡みもしたと思うけど、いっぱい一緒に熱くなれて楽しかった<br />
間違いなく自分の大学水泳の思い出の中で欠かせない存在です。<br />
皆様ありがとうございました。<br />
<br />
<br />
<br />
親へ<br />
20年以上の水泳人生を一番近くで一番支えてもらいました。<br />
最後の最後に全国で泳ぐ姿を見せれて良かったです。<br />
ほんまに応援ありがとうございました。<br />
感謝の気持ちは、また何らかの形で<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
他にもメッセージ伝えたい人はたくさんいますが、多分この日記読んでないと思うので個人的に伝えます！！！<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
こんな感じで、引退させていただきます。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
何も思い残すことはありません。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
何一つ後悔のない水泳人生でした。<br />
総じて幸せでした！<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
最後に京大水泳部として、水泳思いっきり出来て良かった<br />
ありがとう京大水泳部<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
後輩たち、酸いも甘いも全部全力で楽しめよ！<br />
心の底から応援してます<br />
<br />
<br />
<a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/706dba2c.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789166021/" alt="" /></a> <br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
&rarr;2023　　　 青炎<br />
2023&rarr;2024　総乱舞<br />
2024&rarr;2025　STARDOM<br />
2025&rarr;2026　轟</p>]]>
    </description>
    <category>最後の言葉</category>
    <link>https://ninja2.blog.shinobi.jp/%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89/%E5%BC%95%E9%80%80%E6%97%A5%E8%A8%98%E3%80%80%E9%AB%99%E6%9C%A8%E6%B9%A7%E5%BC%B7%E2%91%A1</link>
    <pubDate>Fri, 11 Sep 2026 14:58:01 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>引退日記　髙木湧強</title>
    <description>
    <![CDATA[<div style="color: #333333;"></div>お疲れ様です。<br />
<br />
轟シーズンの主任を務めさせていただきました髙木です。<br />
<br />
<br />
<br />
主任引退日記と重なりますが、<br />
<br />
まずは、<br />
<br />
日頃より京大水泳部の活動を応援し、ご支援くださっております京泳会の皆様<br />
事あるごとに応援に来てくださったり、連絡くださったり、差し入れして下さったりしたOB・OGの皆様<br />
そして、遠方より試合に駆けつけて下さったり、差し入れして下さったりした保護者の皆様<br />
<br />
本当に多くの方に支えていただき、僕たちはこの京大水泳部で活動することが出来ました。<br />
<br />
<br />
重ねてになりますが、現役部員を代表して、この場を借りて厚く御礼申し上げます。<br />
<br />
<br />
皆様の応援があって、一緒に戦うことが出来て、<br />
僕たちは多くのものを勝ち取ることが出来ました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
そしてこうして、京大水泳部の一員として引退日記を残せることを嬉しく思います。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
では、<br />
１．これまでの水泳人生<br />
２．大学水泳<br />
３．メッセージ<br />
って感じで書きます。<br />
<br />
<br />
１と２はただ単に自分にあったことをつらつら残すだけになりますがご容赦ください涙<br />
<br />
<br />
ではまず１．これまでの水泳人生から。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
記憶にはないですが1歳の頃からベビープールなるものに行きはじめ、3歳から本科スクールに入ったとかやったと思います。<br />
<br />
<br />
<br />
小学生に上がるころには進級しきりましたが、体力なさすぎて毎日19時就寝とかやった僕は、選手コースの19-21時の練習時間にまず起きれないことからずっと芋って、小４の夏終わりぐらいにやっと入った気がします。<br />
<br />
<br />
特にJO目指せるような人すらいないぐらいのチームやったけど、<br />
もうほんまに良いお兄さんお姉さんらに囲まれて水泳が超楽しかったです。<br />
当時は突出して得意な種目がなく、とりあえず200IMと50&times;4種目出てみよか、が高校まで続いてコンメ専みたいになってました。<br />
<br />
<br />
<br />
のらりくらりして中2の時。<br />
<br />
大阪中学で、他校の先輩が2バタの決勝で全中割るみたいなこと言ってて午後まで残って決勝を観戦してました。<br />
<br />
全中は惜しくも割れてなかったんですけど、<br />
その先輩のレースも、他のレースで全中割っていく様子もすごい心に響いたのを覚えています<br />
<br />
<br />
<br />
その時に漠然と、今よりもっと上の舞台で戦いたいと思うようになりました。<br />
<br />
<br />
それまでは特に目的も目標もなく、ベスト出すことだけ考えてやってましたが、<br />
ここで目標とか、勝負に勝つとか、そういうことを考え出しました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
そして高校をどうするか将来のこととかもざっくり考えはじめて、その時に将来水泳1本でやっていくことは自分では考えられず、<br />
<br />
じゃあどこで水泳辞めるんやろな？って考えて、<br />
<br />
<br />
<br />
全国大会への出場を自分の水泳のゴールにしたいって思いました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
もちろん全く目指せるレベルじゃないし、ビジョンも何も見えていなかったのでその夢は、目標は、ずっと心の中にしまったままでした。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
そっから1年間は水泳にのめり込んでいた記憶です。<br />
でも多分力み過ぎで、ベストから大幅に遅れるタイムしか出せなくなりました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
そのまま1年間ベスト出せず、中３の大阪中学を迎えました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
決勝にすら行けるレベルではなく、近畿とか全中とかいつの間にか意識すら出来なくなっていました。<br />
<br />
<br />
でも当日急に200IMで4秒ベスト出して予選7番になります。<br />
決勝はコンマ何秒上げましたが近畿までは0.7足りず。<br />
近畿は意識できていなかったので悔しいというより1年前に見た決勝の舞台で泳いで入賞まで出来て嬉しかった気持ちの方が大きかったです。<br />
<br />
<br />
<br />
翌日、4kがありました。<br />
こっちは4番？5番？で決勝に残りました。<br />
元々これは、皆が実力出してベスト出せば近畿狙えるって話やったんでこれはガチで狙ってました。<br />
<br />
<br />
<br />
意気込んだ決勝は２～4泳が皆1秒以上のベスト出す会心のレースをしましたがアンカーで抜かれて0.14負け。<br />
レース後、更衣室から4人で一歩も動けませんでした。<br />
<br />
この悔しさが忘れられず、また全国への憧れも捨てられず、<br />
<br />
<br />
高校でも水泳続けるって決めて、水泳頑張れそうな環境を最優先に、当時大阪の公立高校の星やった先輩がいた茨木高校に進学します。<br />
<br />
<br />
<br />
でも高１は受験明けから泳ぎ方分からんくなってしまって上手く伸ばせず、<br />
春休みぐらいにやっと良い感じになってきたと思ったらコロナ突入<br />
<br />
<br />
<br />
このコロナ禍の時に、もっかい自分の人生のこと考え直して、<br />
水泳に一生携わっていくよりも研究の道に進んでみたいと漠然と思うようになります。<br />
<br />
<br />
この段階で、自分の中での水泳の重要度は一気に下がってしまって、ずっと通っていたクラブも辞めました。<br />
<br />
<br />
<br />
緊急事態宣言明けも部活の方もあんまりまともに練習できず、<br />
引退試合前も再び緊急事態宣言が出て2か月ぐらいまともに練習できずにそのまま出て、<br />
<br />
<br />
でも確か何故かベスト出て補欠2番とかで予選落ちしてヌルっと終えます。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
あまりにも不完全燃焼過ぎて、その後何にも力が湧かないし熱も入らないしで、<br />
終わった現役生活を過ごしました。<br />
<br />
<br />
京大に落ちて、気づいたら同じ教室にあきひろがいて、<br />
意味わからんぐらい淡々と勉強し続けるあきひろに触発されて勉強に集中出来て京大に合格。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
水泳の熱は冷めきっていたのに、<br />
サークルの雰囲気が自分には合わず、受験終わりから遊び過ぎて飽きてて、うめとあきひろがおるから一回新歓行って直感で入部を決意。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
そうして、大学水泳が始まりました<br />
<br />
<br />
２．大学水泳を振り返って<br />
<br />
〇青炎シーズン<br />
元々IM専でしたが、大学では自分の好きなように勉強に思いっきり打ち込みたかったこと、4種目真面目に詰める時間はなさそうだってこと、当時の国公立の水泳の結果をざっと見て、単種目スプリント専の方が上に行っている人が多い傾向にあったことから、IMの中ではBrで順位を上げることが多かったのでBr専になって、100Brを頑張ることを決意します。<br />
<br />
<br />
5月の入部とともに復帰して2週間後に出た夏季公で生涯ベストが出てびっくりしました。<br />
<br />
<br />
そして、関国では100で2秒、200で5秒ベストが出せて、ここで終わっても良いなって当時思ったぐらい上手く行きました。<br />
<br />
この勢いなんとか関カレでも200Brでベスト出せました。<br />
<br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/e8c9bb83.jpeg" alt="" /> <br />
<br />
この写真めっちゃお気に入り笑<br />
<br />
全国公では先輩たちの力でメリレで入賞出来ました。<br />
fly, frは4回生で、flyは当時の主任だったので毎回〇にそうなぐらい緊張してましたが最後も割と上手く泳げて安心しました。<br />
<br />
<br />
この時の全国公が大学水泳の中で1番ぐらい楽しかったです。<br />
関西で集まって大学の垣根を越えて応援して、<br />
京大の8kで当時4回生でアンカーを泳いだ先輩が大爆発して入賞しているのを見て、<br />
<br />
<br />
応援する方もめちゃくちゃ楽しかったですけど、実際にこの場で戦いたいっていう闘志がみなぎりました。<br />
<br />
<br />
そんなこんなでビギナーズラックに助けられて、青炎シーズンは水泳にのめり込み、楽しみきることが出来ました。<br />
<br />
<br />
<br />
〇総乱舞シーズン<br />
9月のオフは、阪大で関西国公立のBrで集まって練習させてもらったり、普通に自分で泳いで練習したりして、どうしたら伸ばせるか必死に探っていました。<br />
<br />
<br />
自分なりの答えが見つかって、それに取り組んでいたら練習のタイムもどんどん伸びて行きました。<br />
そして迎えた冬季公認で100で2秒ベスト、200で4秒ベストが出ました。<br />
<br />
<br />
この時に、この方針でやっていけばまだ十分伸ばせるって自信持てたら良かったのですが、<br />
ベストを出すためには何か大きく変えないといけないって思い込んでしまっていた自分がいて、その時はかなり良い感覚で泳げていたのでこれよりも良い感覚ってなんや？って迷い始めていたのも事実で、<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
いらんこと考えずに勢いに乗っていれば良かったのに、上を求めすぎて力んだのか、迷いすぎたのか、この辺りから思うように泳げなくなりました。<br />
<br />
<br />
これをずーっと引きずってしまって、対抗戦まで行きます。<br />
<br />
おこがましい話ですが、自分が泳げば泳ぐほどチームに迷惑をかけているような気がして申し訳なかった記憶しかないです。<br />
でも最後までどうすることも出来ませんでした。<br />
<br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/c21796c1.jpeg" alt="" /> <br />
<br />
この時ずっと心の支えになって下さってた8kメンツ<br />
感謝しかないです。<br />
<br />
<br />
でも本当にずっと悔しかったし、もどかしかったし、どうして良いかわからなかったし<br />
ずっと心と身体が一致しませんでした。<br />
<br />
<br />
ここで全てを整えたいと思って全国公終わって一足先に休みに入らせてもらいました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
部活を続けるべきなのか、泳ぐべきなのか、とか色々考えまくりましたが<br />
インカレのLIVE配信見て、絶対ここで泳ぎたいと思って全部吹き飛んで<br />
研究とか後からいっぱい出来るやろし、一旦水泳をやりきろうと思いました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
〇STARDOMシーズン<br />
水泳をやりきると決めたからには、水泳以外の何も絶対言い訳にせずやりきると心に決めて臨んだシーズンでした。<br />
<br />
そして、休んでいる間に色々考えて、大学入学当初は100Brが上に行ける可能性が一番高いと考えてたけど、高校までずっとやってきた200IMに思い入れはあったし、IMに意識が向いている時のBrの方が自分本来の泳ぎが出来る気がして、正しい泳ぎ方を見つけるまではIMの中でBrを練習することにします。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
これもなかなか上手く行かなかったですが、この時は、<br />
・やりたいこと/やるべきことは必ずしも一致しないこと<br />
・やるべきこととその優先順位をつけること<br />
・やるべきことの中で現実的にやれることからやること<br />
を考えて、自分で自分をコーチング？しながら水泳に取り組むことを意識していて<br />
<br />
<br />
タイムに反映されていなくとも前に進んでいることを常に確認しながら、ゴールに近づいていることを常に実感しながらやれていたので、<br />
<br />
<br />
いつか絶対スランプを抜けられるって自信だけはありました。<br />
<br />
<br />
すると、半年以上経った京大合宿で転機があって、<br />
その合宿も最初2日間はIMでやっていたんですけど、その時にBrを掴んだ気がして、<br />
3日目からBrに絞って練習し始めました。<br />
<br />
<br />
そしたらGSで当時の短水の練習タイムぐらいで来れて、やっと泳ぎを取り戻しました。<br />
<br />
<br />
金沢プール最高！！！！！<br />
<br />
<br />
でもベストにはつながらず、んーーって感じやったけど<br />
200IMはちょい早くなってて、練習の成果を実感できたのであまり落ち込まず行けました。<br />
<br />
<br />
そして対抗戦でも大幅にベストから遅れることなくコンスタントにタイムを出せたのは良かったです。<br />
<br />
<br />
そして、関カレの決勝ではBrではなく200IMで2秒近くのベストが出ました。<br />
このレースは今でも鮮明に覚えていて、Brではなかったけど長いスランプからきちんと抜けた！って思えたレースでした。<br />
<br />
<br />
と同時に、正直まだまだ伸ばせるなってある種の確信みたいなのがレース終わりにあって、100Brと同時に200IMも頑張りたいって思う気持ちが出てきました。<br />
<br />
<br />
<br />
自分の競技的にはこんな感じで、<br />
このシーズンはそれよりも、主任を引き継ぐプレッシャーがすごかったです。<br />
<br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/af798672.jpeg" alt="" /> <br />
<br />
<br />
背中がでかすぎました、堀さん<br />
<br />
インカレ突破、関国優勝、関カレ1部昇格<br />
<br />
僕が入部したときには想像もしなかったぐらいのレベルのことをチームが成し遂げて行って、<br />
<br />
<br />
そんな大きなチームを引き継ぐこと・背負って1年間戦うこと<br />
<br />
責任の重さを考えると、しばらくは毎日吐きそうやったし、毎晩まともに寝れなかったです。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
始まってしまえば、主務と並行して主任やっていたので忙しすぎて必死やったことだけしか覚えてません笑<br />
<br />
<br />
<br />
〇轟シーズン<br />
慌ただしいプレシーズンを終えて、家でインカレを見ていました。<br />
<br />
<br />
京大だけじゃなくて、中学の時に4kを一緒に泳いだ同期もインカレに出ていたので現地に応援行きたかったのですが、<br />
本当に身勝手ですが、インカレ出場していないのに会場に行ってしまったらそこで満足してしまいそうなのが嫌で直接は応援に行けませんでした。<br />
<br />
<br />
<br />
自分の身近な人たちがインカレで泳いでる姿はあまりにも輝いていてあまりにもかっこよくて、<br />
京大がカメラで抜かれたときも本当に楽しそうで、<br />
<br />
<br />
ラストイヤーに向けて覚悟を決めるには十分すぎるぐらいの出来事でした。<br />
<br />
<br />
<br />
しっかり1か月整えて充電しようと思ってたけど、気持ちが入りすぎてインカレ終わりから練習再開しました。<br />
swimもウエイトも、蹴伸びの姿勢から、フォームから全部作り直しました。<br />
<br />
<br />
10月から本格的に練習再開して、そこから練習では今までにない感覚で泳げることが結構多かったです。<br />
タイムにはあんまり反映されなかったけどいつか噛み合う自信がずっとありました。<br />
<br />
<br />
ただ、同時に始まった研究室があまりにも想定外過ぎて、年末までは心身ともにずっと限界でした。<br />
<br />
主任の仕事も、急遽決まった七帝合宿の準備も、平気で20時とか21時まで毎日のようにある実験も、<br />
全部を回すのにはとても一人じゃ出来なかったです。<br />
<br />
<br />
仕事の面では幹部にいっぱい助けてもらって<br />
精神的な面では、轟シーズンになって明らかに目の色変えて練習に取り組んでいる人たちがいっぱいいるのを見て絶対折れたらあかんと思って妥協せずやりきれました。<br />
<br />
<br />
本当に素敵な環境で水泳をやれました。<br />
心の底から皆に感謝です。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
そして年明け<br />
ずっと悩んでいましたが、このタイミングで最後は200IMに懸けるって決断しました。<br />
理由は色々ですが半分ぐらいは直感的にその方が全部上手く行きそうって思ったからです。<br />
<br />
<br />
<br />
そこから空いてる時は自主練に行って、普段の練習だけでは足りないなと思うところを詰めていきました。<br />
4月から別の実験を回すようになり平日の夜にも時間を作れるようになって、思うように練習できることが増えて行きました。<br />
<br />
<br />
それもあって、関中・関チャは1年前の同じ試合より1秒ぐらい早く泳げていたのでベストが出るのも時間の問題やと思ってました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
迎えた関国。<br />
関国前に疲労抜くために2部練を止めたらその途端なんか感覚が変わってしまって<br />
多分疲労が抜けて身体が軽くなった故なんだと思いますが、全く上手く泳げなくなってしまいました。<br />
タイムはそこまで落ちていなかったのですが、とにかく感覚が変で泳ぎづらくて<br />
この試合は何も力を出し切ることが出来ず、本当に何も出来ず、ただただ悔しかったし虚しかったです。<br />
<br />
チームとしても2点差で連覇を逃してしまって、完全に自分の責任でした。<br />
本当に申し訳なかったです。<br />
主任として情けなさ過ぎました。<br />
<br />
<br />
<br />
間違いなく、4年間で1番悔しい試合です。<br />
<br />
<br />
<br />
疲労の管理が上手く出来てなかったんだろうと思って、7月はかなり気をつけて過ごしました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
そして迎えた関カレ。<br />
関国とは違って、全員出場できる訳ではない試合で、さらに1部残留という高い目標を掲げて行って、正直この試合が主任として1番怖かったし1年間不安すぎました。<br />
<br />
蓋を開けてみれば、あまりにも杞憂過ぎました。<br />
<br />
<br />
最初から諦めてる人は誰もいなかったし、<br />
決勝が遠くとも絶対ベスト出してチームに流れ持ってくるって気概が伝わるレースばっかりやったし、<br />
サポートに回ってくれた選手も、もちろんスタッフも、自分に出来る応援・サポートを一人一人が全力でやってくれて、泳がずともレースを一緒に戦ってくれて、<br />
当たり前のように荷物とかガウンとか持ってリレメンのために走り回ってくれる1回生までいて、<br />
<br />
<br />
<br />
結果1部残留は果たせなかったけど、10年以上ぶりにインカレ団権を獲得できて、8kのインカレ出場も決まって、やれることを全力で全員でやり尽くせた試合になったと思います。<br />
本当に総力戦でした。最高の仲間と1部を最高に楽しめたしやり切れた試合でした。<br />
<br />
<br />
<br />
個人としても200IMで決勝じゃなくともある程度思ったように泳げて、全国公ではベスト出して決勝残れそうやと思えて良い試合になりました。<br />
また4k, 8kの入場は多分一生忘れられないです。最高に楽しかったです。<br />
みんなの応援のおかげです。感謝しかないです。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
最後の全国公。<br />
アップしてみたらプール泳ぎやすすぎて勝ったと思う反面、タイムが感覚ほど良くなくてんーーってなってました。<br />
<br />
ちょっとどうして良いか分からんまま4k迎えて、レース自体はあんま何も考えてなくてとにかく思いっきり飛ばして思いっきり耐えたつもりやったけどあんまり早くなくて<br />
インカレ切り直し出来てたら表彰台まで見えてただけに超悔しかったし、これも超申し訳なかったです。<br />
<br />
このままで終わったらほんまにやばいと思って焦りしかなかったです。<br />
<br />
<br />
最終日の200IM<br />
招集所前で関西の国公立の4回生たちとみんなで頑張ろなってこと言い合って、これまでありがとうって感謝も伝え合って<br />
終わりを実感して感情ぐちゃぐちゃやったけど、<br />
<br />
<br />
自分の前の組見たら思ったよりみんなのタイムが遅くて、最後にして最大のチャンスが巡ってきたと思いました。<br />
皆の応援もめちゃくちゃ聞こえてきて、燃えに燃えました。<br />
<br />
<br />
泳いでる時は行ける！って言いながら泳いで、終わって電光掲示板見て、ベストやってガチで最高の気分でした。<br />
エントリー順位的には20番ちょいとかやったけど結局あと0.5で決勝ってとこまで行って、<br />
それに関しては悔しかったし決め切れず、悔しいって言ってくれた人らもいて申し訳なかったです。<br />
<br />
けどどっちかというと報われた気持ちの方が大きかったです。<br />
レース後も皆が叫んでくれてて、主任として自分のレースでみんなを喜ばせることがちょっとは出来たのかなって思えて嬉しかったです。<br />
<br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/062cf26f.jpeg" alt="" /> <br />
photo by みこ<br />
ありがとう！！<br />
<br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/e9ba84fc.jpeg" alt="" /> <br />
一年間泳ぎの方もいっぱいみんなのいい写真撮ってもらってありがとう！りお！しみなぎ！<br />
<br />
<br />
100Brは許してください笑　限界でした<br />
<br />
<br />
8kは急遽れんとが泳いでくれるってなって、これはもう絶対れんとをリレーで歴代に載せないとあかんと思ってました。<br />
200IMでベスト出てたし調子は絶対良いはずなので出来ると思って、これも前半からぶち込むことだけ考えて泳ぎました。<br />
そしたら2秒以上ベストが出て、チームとしてもシーズンベスト、無事に歴代入りにも成功して最高の形で終われました。<br />
<br />
<br />
最後の最後で、神様にちょっとは微笑んでもらえたかなと思います。<br />
<br />
<br />
<br />
インカレ<br />
自分の力だけでは到底出場に及ばなかった全国の舞台。<br />
本当に伝えきれない感謝しかないです。<br />
<br />
選手としての引退試合、ただただ楽しかったです。<br />
こんな楽しい試合、清々しい試合は今までにありませんでした。<br />
<br />
最後の最後、満たされて終わりました。<br />
<br />
みんなに応援してもらいながら泳げて超幸せでした。<br />
ほんまにありがとうございました！！！！！！<br />
<br />
<br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/2b51ddd3.jpeg" alt="" /> <br />
<br />
応援に来てくれた同期たち、最高！ありがとう！！！]]>
    </description>
    <category>最後の言葉</category>
    <link>https://ninja2.blog.shinobi.jp/%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89/%E5%BC%95%E9%80%80%E6%97%A5%E8%A8%98%E3%80%80%E9%AB%99%E6%9C%A8%E6%B9%A7%E5%BC%B7</link>
    <pubDate>Fri, 11 Sep 2026 14:57:00 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">ninja2.blog.shinobi.jp://entry/1221</guid>
  </item>
    <item>
    <title>引退日記　中堂 陽仁</title>
    <description>
    <![CDATA[担当の日を大幅に過ぎてしまいましたすみません<br />
<br />
院試終わったら余裕できるし書けるやろうと思ってましたが気づけばインカレまで過ぎていました。<br />
<br />
あ院試結果は無事合格です、じゅんぺーさん。<br />
<br />
<br />
試験1ヶ月前に研究室でやった模試はダントツの最下位、みんなの笑い物にされましたが見返してやりました<br />
<br />
<br />
<br />
自分が引退日記を書く日が本当に来るとは信じられませんね<br />
<br />
<br />
この前入部したばっかな気がするのに<br />
<br />
この前トウスイカイでゆきとさんからメニューの説明を受けたばかりなのに<br />
<br />
<br />
この前新歓zoomで"地球"として登場したばかりなのに<br />
<br />
<br />
もう引退かぁ<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
でも大学で水泳してたおかげでおもろいことがめちゃくちゃありました<br />
<br />
思い返せば大学での思い出はほぼ水泳部<br />
<br />
<br />
<br />
水泳を始めたのはたぶん幼稚園入るか入らんかぐらい<br />
<br />
覚えてないのでわかりませんが<br />
<br />
<br />
気づいたらイトマン大和郡山通ってました<br />
そして気づいたら選手コースにいました<br />
<br />
あれですね典型的な、姉兄が選手コース呼ばれたので僕もみたいな<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
ただそのころはまじで練習嫌でしたね、先生が怖すぎて<br />
<br />
練習中もずっと時計見て早く終われと思ってました<br />
<br />
練習は週6であり、月木土日は2時間練習他は1時間やったんで月木土日は本当に鬱でした<br />
<br />
小学校おっても、あー今日2時間の日やぁとか思いながら過ごしてました<br />
言われたことだけをやってましたがJOもリレーですが出れたし大会で優勝とかもできてたのでそれは楽しかったです<br />
この頃から競争は好きやったんで決勝とか割と楽しんでました<br />
<br />
<br />
そろばんとラグビーと水泳をやらせてもらってたので毎日何かしらの習い事があり放課後に友達の家行くみたいな生活とは程遠い生活でした<br />
<br />
みんないいなぁと思いもしましたがその生活が当たり前やったんで別にやめようとはなりませんでした<br />
<br />
<br />
中学で水泳部かラグビー部か迷いましたがラグビー部に入ることにしてイトマンは小学校でやめました<br />
<br />
<br />
中学のラグビー部時代、これも僕にとって非常に大事な時期でしたね<br />
<br />
良い顧問の先生がいて本当にたくさんの経験をさせてもらったし体幹とかも鍛えられたのかなと思います<br />
<br />
<br />
チームスポーツの素晴らしさはラグビーから学びました<br />
<br />
県選抜に選ばれた時の監督があの天理中学の監督でむちゃくちゃ怖かったです&hellip;あれ以上の怖さはないでしょう<br />
天理はラグビーも強いんです<br />
<br />
<br />
<br />
高校はかの有名な奈良高校に進学、しかしラグビー部はなく水泳部に所属<br />
<br />
<br />
さすが自由の校風奈高<br />
ここの部活はもうなんでもありです<br />
水泳なんて名前だけです<br />
<br />
<br />
だって体験行ったら先輩にじゅんぺいさんがいるわけですよ<br />
お察しですよね<br />
この頃は全然知らん人でしたけど<br />
<br />
<br />
じゅんぺいさんの代は特にめちゃくちゃでしたね<br />
冬は真骨頂、プールサイドで焚◯火をして焼◯芋してましたからね<br />
コーチとかいないし夏でさえも午前中W-upまでしかメニューやらずあとはおしゃべり、午後はシンクロ<br />
<br />
けど大会は一応出ててなぜか1位取れたりしたのでスクールの水泳しか知らない僕からしたら部活の水泳ってこんな楽しいんやと衝撃でした<br />
<br />
まぁイトマン時代の鍛錬のおかげでしょうけど<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
そのまま京大に来て特に迷うこともなく水泳部に<br />
<br />
<br />
京大の水泳部は自由っていう点で奈高と雰囲気が似ていて馴染みやすかったです<br />
<br />
下宿するみたいな話やったのに親に始発に乗れば間に合うやんと言われいつのまにか通う羽目に<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
イトマン時代の日曜は7時から朝練やったんですけどこの週一回の始発に比べたら全然遅い時間の朝練でさえ地獄やったのに気づいたら始発が普通になってました<br />
<br />
<br />
練習がスクール時代ほど嫌じゃなかったから起きれたってのもあると思いますが<br />
そういえば大学の練習で嫌と思ったことないですね<br />
<br />
<br />
イトマン以上にしんどいものはないと思ってるので<br />
<br />
1回生は訳もわからず関国に出て優勝できてバンザイでした<br />
<br />
このシーズンの印象に残ってるのは大学水泳の楽しさです。スクール時代、自分のレースが終わったら帰るのが普通で、誰かを応援する誰かにされるなんてこと想像もつきませんでした。その分対抗戦がすごく衝撃でした。水泳って個人スポーツだと思ってました。<br />
<br />
この年はやっぱり全国公ですね<br />
ゆういちろうさんとかが8kの最終組で泳いでるのを見てめちゃくちゃ感動して自分も全国公の決勝に出たいと思いました<br />
<br />
<br />
まだ半振り24秒やったんで総乱舞シーズンは23秒出さな戦えへんと思い筋トレを始め23秒は出て、関国も2冠できましたが全国公は決勝残れなくてめちゃ悔しかったのを覚えてます<br />
<br />
<br />
そのときめちゃ仲良くしてもらってた二個上の潤さんやゆきとさんの代が引退ということもあり少しモチベが下がってました<br />
とはいえ練習来ないとかではないですが100&times;10とかのメニューを一本目だけ飛ばしてあとは流すとかいうレベルですが<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
でもそのときインカレ切れるという期待をみんなからしてもらっててそれのおかげで頑張ってました<br />
本当は総乱舞シーズンで切りたかったですがスターダムに持ち越してしまいました<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<span style="font-size: large;">ラストシーズン　主将として</span><br />
<br />
3回生まで振り返りましたがここからが一番書かなあかんのかなと思います<br />
なんやかんやありスターダムも終わりいよいよ轟シーズン<br />
<br />
<br />
このちょい前に同期から主将に選んでもらって自分は主将として何ができるか考えてました。<br />
<br />
まずは好きにやらせてもらってきたこの水泳部に恩返しができればいいなっていう<br />
<br />
<br />
じゅんさんほりさん辺りには色々大目に見てもらってたところもあるのかなと思い。<br />
<br />
<br />
<br />
幹部決めのときには、別に泳力がある人が主将になる必要はないんちゃうかという意見もありました<br />
<br />
じゃそんな中で僕が主将に選ばれた意味、僕には何ができるのかを考えたときに<br />
<br />
<br />
<br />
ゆうごみたいに熱い言葉をかけて奮い立たせるとかそういうことはできないし雰囲気出ないやろうなと思ったので<br />
<br />
<br />
やっぱり行動で示すしかないんやろうなと<br />
主将がゆうごの言うことと違うことをしていたら、後輩はついてこず迷惑かけるし、説得力もなくなってしまうんで<br />
<br />
練習に休まず行くとか遅刻しないとか応援するとかメニュー通りやるとかめちゃくちゃ当たり前のことなんですけど僕がしっかりやって見せる必要はあるのなと自分なりに感じてました。ただ今まで周りのことなど考えず自由にやってきた僕からしたらその上で結果を出さなあかんてのは結構難しかったです<br />
<br />
今となっては速い人たちは速いからこそきちっとそういうのはしたほうがいいなぁと思います。人一倍見られてると思って。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
轟シーズンは最低限の結果しか出せてなくて期待に全然応えられなくて申し訳ないです<br />
<br />
よく期待の中結果出してすごいって言ってもらえるんですけどみんながいっぱい期待してくれたり応援してくれたりするのは僕にとってめっちゃ力になったし頑張れました。さすがに4回生の関国で4連覇頑張れよ言われてる時は潰れそうなぐらいプレッシャーでしたが！<br />
<br />
今シーズンはとにかく悔いのないようにやろうって決めて、シーズン終わる時には関国優勝関カレ一部残留という目標を達成してもしなくても泣けるぐらい頑張ろうって決めて臨みました。関カレの目標はめちゃくちゃ高いことはわかってました。でもどうせ負けるやろうという気持ちでいって恥ずかしい戦いは絶対したくない、せっかくチャンスがあるならやれるだけやろうと思いこの目標を立てました。<br />
ああすればよかったかなってのはゼロではないですが割とちゃんとできました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
そしてこのシーズンは常に幹部で色々話し合ってましたね。ゆうごも藍もあゆみもタッピもみんなそれぞれ一生懸命、時にはめちゃ追い込まれながら頑張っててすごいなと思ってました。<br />
<br />
ゆうごはめちゃくちゃマメです。ずっと前からずっと先のこと予測して先に先に動くしすごく細かいところまで考えてくれます。<br />
<br />
藍は人情にめちゃ厚い。そんなとこまで気使うの？！ってなりましたけどそれがいいところですね。幹部の中でぶつかるときもあったとは思いますがそのおかげでより良い方向にいけたんではないでしょうか。<br />
<br />
あゆみは真面目やね。めちゃ謙虚で、選手をサポートしてくれる。自分のことも大変やろうけど入部してくれて本当に助かりましたね。<br />
<br />
タッピは真面目やね。だるい・金欠しか言いませんが身体のこととか聞いたら応えてくれるし知識量も確かなものやしトレーナーとして安心感がありました。できたばかりのトレーナー制度を確立するっていう課題は当初からあってトレーナーの仕事について2人でよく話したし僕にとってもトレーナーの存在は大きかったので、それを本人たちが感じられるにはどうするのがいいか色々考えましたが結局いっぱい頼るとか身体について聞くとか関わるとかぐらいしかできなかった気がします<br />
<br />
よくよく考えたらトレーナーいなかったらドライ考える専門家いなくなるし作れたとしてもやっぱりクオリティは下がるやろうし、レースでも決勝前にコンディショニングしてくれるトレーナーがいる安心感によってどれだけ心強いか<br />
<br />
<br />
<br />
トレーナー以外もですね、部員全員いないといけない人たちばかりです。主将をやりながら痛感しました。<br />
<br />
<br />
自分たちで作る合宿はめっちゃ楽しかったです<br />
今まで作ってもらってそこに参加するだけでしたがたくさんの人の苦労が隠れてることに気付かされました<br />
やっぱひとりではなにもできないんですね<br />
<br />
<br />
んんんこの一年今まで見えてなかったこととかたくさんありその度に色々考えてやってきましたが今全部思い出せないですし日記にはごく一部しか書けてないと思います<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
まぁなにか困ったことがあれば相談ぐらいには乗れると思います。岩澤くん。<br />
書くより話せると思います<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
ただ一つあるのはみんなへの感謝ですね、部活の人もそれ以外関わってる人も<br />
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<br />
今考えてみると水泳でここまで楽しめたのもスクール時代のおかげもあるし怖すぎたコーチに感謝です。<br />
<br />
今しんどいことでも将来きっと役に立つのかなと思います。<div>いろんなことがいろんなひとのおかげでした<br />
<br />
水泳は速くなることが全てじゃないしそれ以外のところの方が大事てのが僕の考えで、単に水泳を極めたいなら私立とかのほうがいいコーチもいて環境も恵まれてます。国公立で水泳をするっていうのは自由ではありますが自由だからこその難しさがあります。何を目指すのかやどうやったら目標が達成できるのか正解を教えてくれる人はいないので自分で考えるしかない。どうとでもなるわけです。<br />
<br />
速ければなんでもいいとか速ければえらいとかは違うと思ってたのでこの考え方は主将をやる上で基本にしてました<br />
<br />
これは小さい頃からよく親にも言われてたことですね<br />
<br />
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<br />
<br />
特に水泳で悩むとかはなかったですかね、伸び続けたというよりあまり深く考えないタイプやったんで。あとはみなさん水泳以外も楽しみましょういわゆる青◯おじさんではないですが、いっぱい遊びましょう<br />
僕もあっきーみたいな感じでコミュニティとしての水泳部が好きだったんで、スクールみたいに水泳だけだったらここまでやって来れてない気がします<br />
<br />
旅行、デスチャリ、大食いリーグ、デスドラ等々<br />
<br />
<br />
<br />
全然書き切れてないんであの話書かれてないとかこれも書いてとかあればまた喋りましょう<br />
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<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/c9a9434d.jpeg" alt="" /> <br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_3448.jpeg" alt="" /> <img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_3447.jpeg" alt="" /> <img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_9023.jpeg" alt="" /> <br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_3449.jpeg" alt="" /> <br />
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最後に<br />
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<br />
たくさんお世話をかけた先輩<br />
(引退しましたので色々連れてってください)<br />
<br />
</div><div>こんな先輩にここまでついてきてくれた後輩<br />
<br />
大学水泳を何倍も楽しくしてくれた同期<br />
<br />
ありがとうございます<br />
これからも仲良くしてください<br />
<br />
ではまたいつか<br />
<br />
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2022-2023 青炎<br />
2023-2024 総乱舞<br />
2024-2025 STARDOM<br />
2025-2026 轟<br />
<br />
</div>]]>
    </description>
    <category>最後の言葉</category>
    <link>https://ninja2.blog.shinobi.jp/%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89/20260911</link>
    <pubDate>Thu, 10 Sep 2026 02:20:08 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>引退日記　清川藍　その3</title>
    <description>
    <![CDATA[<h3>【脂質制限について】</h3><div></div><div>筋肉の割合をあげることで、出力を上げる目的でやりました。</div><div></div><div>栄養学科しょうこさんから「栄養は1週間単位でみる」といわれたので、</div><div>どうしても食べたい日は食べて、その日の超過分を1週間のどこかで補えばOK、としてチートデイも作っていました。</div><div>留意して欲しいのは脂質も大事な栄養素ということで、&Omega;3脂肪酸が多い食品は少し多めに食べてもオッケーというマイルールもありました。</div><div></div><div>池江さんは食事制限はしてないそうで、だからやらなくていいよ、と言われたこともありますが、天才に努力で勝てずにどうやって勝つの？って思いました。</div><div>それでも、無理な人は他のとこで頑張ったらいいと思います。</div><div>我慢することでストレスホルモン（コルチゾール）が出ると、太るので逆効果です。</div><div></div><div>私は、ブランド品を見て、買えないのは分かってるけど、値段の0の多さに興奮する、みたいな、それと同じ感覚で制限を楽しめたので合ってました。</div><div>高かったのは値段ではなく脂質含有量でしたが。</div><div></div><div>けど、連戦に耐える体力は落ちました。対抗戦前は無理は禁物ですね。</div><div></div><div></div><div></div><h3>【yasu道について】</h3><div></div><div>もし目の前に刃物をもった人が現れたらどう思いますか。</div><div>「ヤバい！殺される！！」</div><div>と思ってしまいますが、この時点で見ているのは刺されたあとの未来であり、刃物を向けられている現実に目がいっていません。</div><div></div><div>私はずっと、インカレ切らないと皆ががっかりする、きっと悔しい、もし切れたら嬉しい、とレース前に考えて集中しているつもりになっていましたが、この時点で見ているのは未来であり、現在の自分に集中できていなかったのだと思います。</div><div></div><div>yasu道のトンボ術は、自然や水と一体化することで、余計な邪念をすて、簡単にゾーンに入ることができておススメです。</div><div></div><div>あぁ、、ベスト出さなきゃ、、と毎回自分を追い込んだり</div><div>沼にハマってしまっている人にはぜひ一度試してみてほしいです。</div><div></div><div>やりすぎには注意です。私は自然と一体化しすぎた結果、カナブンが大量に服に止まってくるようになりました。</div><div></div><div></div><div></div><h3>メッセージ</h3><div></div><div>最後に、お世話になった方々へ軽くメッセージを残して終わりたいと思います。</div><div></div><h4>京泳会の皆様</h4><div>日頃より水泳部の活動を支援して下さり、本当にありがとうございます。</div><div>また、人の結果を見る習慣がなかった私にとっては、年代の離れた先輩方が私たちの記録を見てはたまに声をかけてくださったり、楽しみにしてくださることが本当に嬉しかったです。</div><div>今後とも京大水泳部に、ご支援ご声援のほど宜しく御願いいたします。&nbsp;</div><h4>家族</h4><div>競技を続けることも全く相談していなかったのに、私の決めた事を否定せず、水着や道具や食べ物など沢山の備品を準備し、試合にいつも見に来てくれて、何から何までお世話になりました。</div><div>これからもよろしくお願いします。</div><div></div><h4>先輩</h4><div>たくさん可愛がってくれてありがとうございました。</div><div>私はずっと自分しか見る余裕がなくて、先輩の集大成もちゃんと見送れなかったし、桜さんとの暦1、関カレ一部昇格の時もずっと不満な顔で先輩を送り出してしまいました。</div><div>たくさん助けてもらったのに何も返せずすみません。</div><div>最後にインカレ突破の報告ができたのだけがよかったです。泣いてくれた人もいて光栄でした。恩返しになるかは分からないけど、私のことを信じてくれた先輩方が、あの時信じてよかったって少しでも思ってくれていたら私も嬉しいです。</div><div></div><h4>同期</h4><div>沢山頼りました。</div><div>幹部には自分の至らないところもカバーしてもらって、最後まで駆け抜けてくれて感謝しています。それ以外の皆にも、個人で支えてもらっただけでなく、プールに電話かけてくれたり、回生飯のお店探したり、みんなお世話になりました。また回生で遊びに行きましょう。</div><div>廣瀬と樋口には言わずもがな一番お世話になりました。2人とも私が苦しんでいる時に一番傍にいて味方になってくれました。よく愚痴を漏らしてしまってごめん。また三人で旅行に行こうね。</div><div></div><h4>後輩</h4><div>人に弱さを見せる、を後輩たちに実行しすぎて最後はもう後輩みたいな先輩になってしまいました。たくさん支えてくれてありがとう。</div><div>元々後輩という存在はあまり好きではなかったのですが、皆の健気さ、優しさ、可愛さにふれて、最後には後輩大好きマンになっていました。人と向き合いたいと思えたことも、相手が皆だったからだと思います。インカレ突破も諦めずにずっと応援してくれてありがとう。</div><div>個人への思いは手紙にしたためました。まだ書けてない人の分は、多分来週までに部室に置いとくんでとってってください。部室のゴミ化すると悲しいので新シーズンまでに全員回収してください&hellip;</div><div></div><h4>女子選手</h4><div>1年間ついてきてくれてありがとう。</div><div>一緒に戦えて嬉しかった。2継はずっと一泳を泳がせてくれて本当にありがとう。最後は私たちと一緒に泳ぐこともまたモチベ―ションにしてくれてとても嬉しかったです。</div><div>廣瀬が女子主将だった世界線もあったわけで、でも就任した以上は私がなって良かったと納得できるように頑張ろうと思っていました。</div><div>仕事がいつもギリギリで迷惑かけました。4月も消えててごめん。</div><div>また、私は先輩が自分を信じて待ってくれていたことが嬉しかったから、自分も信頼して待つという対応を好みました。でも、大学水泳はチームスポーツであって、私が信頼という名のもと問題への介入を放棄するということは、周りの同期や後輩にも我慢を強いるものでした。けど、そうやって色々対応に悩んでも、やっぱり信じるということはどうしても諦めたくなくて。全く完璧な女子主将ではなくて、皆には沢山の迷惑をかけたと思います。</div><div>何だかんだあったけど、最終的にふり返ってみれば、私が女子主将で、廣瀬が幹部ではない立場の方がお互いの良さを活かせた気がして、良い選択だったんじゃないかと思っています。</div><div>Fr勢は消えるけど、また次の代が入ってきて、益々女子チームが強くなる&hellip;予感がしています！私の予感はよく当たるから。</div><div>みんな応援してます！大好き！！</div><div></div><h4>メニュー係・スタッフ</h4><div>メニュー係がたくさん勉強してメニューを作ってくれたおかげで、生涯ベストを出して後悔なく終えることが出来ました。私は強化練メニューを作ったときにキャパ的にも無理だと思って辞めたけど、皆忙しい中でも毎日作ってくれて、メニュー係はすごすぎて全員尊敬しています。</div><div>それから、忙しい中いつも組み分けをしてくれた樋口をはじめとするスタッフさん、朝はやくから練習を支えてくれたみんな、本当にありがとう。</div><div></div><h4>医水のみんな</h4><div>練習に一切いかなくなったのに、試合に出場するのを許してくれてありがとうございました。おかげでたくさんの想い出ができました。医水の皆が頑張ってるのもまた私のモチベになりました。イベントごとにはあまり参加できなくてすみません。</div><h4>医水＆近医水の方々</h4><div>自分が自信を失っている時でも、いつも褒めてくれてリスペクトしてくれてるのがすごく伝わったし、皆さんの壁を作らない明るさにいつも救われていました。</div><div><div><h4>涼夏ちゃん</h4>3年半戦ってくれてありがとう。一緒に駆け抜ける戦友がいたこと、とても恵まれていたと思います。水泳というリングから降りてこれからも仲良くしたいです。とりあえず次は、日シリか来年の交流戦にて球場でライバルやりましょう。<h4>ラボの先生方</h4></div><div>教授や助教が部活に理解を示し応援してくださっていたことは、最後まで支えになりました。迷惑しかかけていないし、私がその分野で直接恩返しが出来るとかは多分ないですが、それでも先生方があの時信じてよかったって思えるような人間になりたいと思っています。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div></div><div>ここにあえてはあげなかったけど、医学科の友達や高校時代の友達には、よく話を聞いてもらい、支えられ、背中を押してもらいました。きっとこれからも頼ると思います。これからもよろしくね。</div><div><br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>水泳部に入りたくさんの人と関われて幸せでした。</div><div></div><div><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_9373.jpeg" alt="" /></div><div></div><div>これで本当に最後です。</div><div></div><div><br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>京都大学体育会水泳部4回生　清川藍</div><div></div><div>青炎</div><div>総乱舞</div><div>STARDOM</div><div>轟</div>]]>
    </description>
    <category>最後の言葉</category>
    <link>https://ninja2.blog.shinobi.jp/%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89/%E5%BC%95%E9%80%80%E6%97%A5%E8%A8%98%E3%80%80%E6%B8%85%E5%B7%9D%E8%97%8D%E3%80%80%E3%81%9D%E3%81%AE%E2%91%A2</link>
    <pubDate>Wed, 09 Sep 2026 01:41:34 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>引退日記　清川藍　その2</title>
    <description>
    <![CDATA[<h4>3回生</h4><div>今の2回生が入ってきました。<br />
<br />
<br />
</div><div>泳ぎを改善してしっかり練習に参加できるようになってきましたが、冬場からベストが出ない日々が続き、流れも変わらないまま春短ゴミ、夏季公ゴミ、関チャゴミでした。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>この年も専門科目と関国が被りました。<br />
<br />
<br />
</div><div>泳ぎもままならないまま勉強にも後ろ髪引っ張られて、関国は50,100と両方涼夏ちゃんに惨敗し、中堂は連勝していました。めっちゃ悔しいけど、負けるのは内心分かってたし、もう負け癖がついた感じでした。<br />
<br />
<br />
</div><div>それでも冬の落ち込みから再びタイムをベストレベルまで引き戻しました。</div><div>個人の記録としては50Fr決勝で大学ベスト27.11を出し、その後27.05で生涯ベストを出し高校の私を超えました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>その後は最後のインカレチャンスに向けて、インカレタイムを狙う流れになりました。しかし27秒0台すら上振れだった私に26秒の壁はあまりに高すぎました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>タイミング的に、当時の４回生に「インカレ切れそう？」と聞かれることが増えました。<br />
<br />
<br />
</div><div>正直無理な予感しかしてなかったけど、それを言葉にしたくなかったし、無理やり前を向かされるのも嫌でした。かといって切れそうですと言えばプレッシャーになるし。毎回適当に返事して微妙な空気になってました。この質問をされたくなくて、４回生とあまり目を合わせないようにしていました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>適当な返事を繰り返していると、ある日ついに、「インカレ切る気はあるの？」と聞かれました。これはあまりにショックでなんて返したかもあまり覚えてません。<br />
<br />
<br />
</div><div>また、4継や東京旅行など4回生やインカレの話題が増えていきましたが、関カレ前なのに「あいはインカレ見に行くー？」と聞かれたり、喜ばしい話題に負の感情を抱く罪悪感もあいまって、めちゃくちゃ居心地が悪かったです。どんどんインカレの話題を避けるために4回生を、はては部員を避けるようになりました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>でも、廣瀬だけはずっと「まだ諦めてないことなんか見てたらわかる」「私には、あいちゃんがインカレ出る未来が見えてるよ！！」と最後まで本気で言ってくれました。その瞬間だけは私にも行ける未来が見えました。<br />
<br />
</div><div>あの時は本当にありがとう。大好きだよ。<br />
<br />
<br />
</div><div>それから、春先には栞さんがご飯に連れて行ってくれて、「結局はあいちゃんが最強だって私たち分かってるから。あいちゃんのこと信じてるから、だから自分のペースで頑張ればいいよ」って言ってくれて、この言葉にも長いこと支えられました。</div><div>栞さんの引退日記を読んで、自分も高校の時苦しんでたからこそこの言葉がでたのかな。って思いました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>「インカレ行けそう？」の質問も、あくまで、当時の私に刺さったかそうでないかの違いであって、誰かが私を思って出してくれた言葉には違いありませんでした。</div><div>誰かにかける言葉を考えることが増えたいま、そう思います。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>インカレへの勝算は相変わらず見えないままだったけど、ささむ璃子さんがいる間に切りたかったし、インカレ2回は出たいと思ってたからあまりラストイヤーにもちこみたくなかったです。なのに追い打ちをかけるように関カレ2週間前のGSで熱中症になり、その後後遺症で一週間寝込みました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>何とか調整して関カレに挑みました。100で1年ぶりのベストが出ましたが、結局インカレは割れませんでした。応援席に戻ると1部昇格で全員が盛り上がっていました。私は正直インカレ割れなかったショックがでかすぎて全然嬉しくなかったです。自分が悲しむ中、盛り上がる周りとのギャップに孤独を感じました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>唯一のハイライトといえば、2日目のメリレですね！</div><div>この日唯一50Frがなくて、プレッシャーから解放されて脳汁が大量にでてました。</div><div>関西学院にメリレで勝てば一部昇格できる！という加茂ちゃんの盛り上がりにも押され、むらまや広大のルーティンを取り入れて泳いだところ、100Flyで1:05.87というタイムを叩きだし、メリレで歴一とりました。ひなたさん狩り行ける！！と広大後藤さんと盛り上がって超楽しかったです。<br />
<br />
<br />
</div><div>まさかその後5秒はおろか6秒台すらほぼ一度も出ずに引退するとは&hellip;苦笑<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>それから、2継のラストチャンスのあとは怜花さんがサブプールに駆けつけてくれて、「何度心が折れても一緒に繋ぎ直してあげるから、大丈夫だよ」って言ってくれました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>高知全国公は、R8インカレに向けて気持ちを切り替えて挑みました。しかし、その年も50Fr決勝を逃し、葵ちゃんや涼夏ちゃんが出ている決勝を上から眺めていました。真衣ちゃんも役員で来てたのに、情けなかったです。<br />
<br />
<br />
</div><div>怪我が無ければSTARDOMは200を頑張っていたはずでした。思いふけってるのが恵那さんにバレ、200だったら決勝だったかも&hellip;と暴露すると、「あんたそこまで自信失ってたん！？自分の専門に自信を持ちな！」と言われました。はっきりと、あんたは50や、と弱っていた私に喝を入れてくれました。<br />
<br />
<br />
</div><div>2日目は100で決勝に残れて、決勝で58秒78のベストを出し、勢いそのまま1時間後の4継で58秒68の生涯ベストを叩きだし、ラストレースブーストをかけたあーさんと4継歴1を出しました。恵那さんにその調子やと言ってもらい、堀さんから最初で最後のMVSをもらいました。<br />
インカレは切れなかったものの、最後はいい気持ちでシーズンを終えました。</div><div><br />
</div><div></div><div></div><div>またこの夏シーズンには、次期幹部になる準備が一切出来ていなかった自分の考えを変える出来事がありました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>まずは、ここで初めて周りをもっと見ようと意識するようになりました。<br />
<br />
</div><div>自分はインカレを切れなくて悲しかったのに、一部昇格で周りは盛り上がっていた。周りがあんまり気にしていなさそうだったことも、逆に自分がチームのことを喜べなかったこともすごくもやもやして、関カレ後に竜飛と話しました。<br />
<br />
<br />
</div><div>竜飛が言うには、「まず自分が人に弱さを見せないといけないんじゃないかな。そしたら相手もいずれ弱さを見せてくれる。そしたら自分も人に寄り添うことができる。」<br />
<br />
</div><div>地元でも気付かなかったとても重要なことにこの時初めて気が付きました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>医者はチーム医療の中心となる存在で、たとえ研究者になっても、教授のように誰かをまとめる力は絶対に必要です。私にはそんな力一ミリもありませんでした。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>そんな私が、いま部活の人たちに向き合わずにいつ人と向き合うんだって思いました。そう思って、後輩のことも、他大にどんな選手がいるのかも、少しずつ見渡してみました。徐々に色々な人と話すきっかけも増え、すごく世界が広がって見えました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>一方、自分から知りに行くのはどうしても慣れていなくて、色々な人の情報が混ざって話してくれた内容を忘れてたことも多々ありました。私にとってどうでもいいからでは決してなく、シンプルに私の記憶力がおわっているだけです。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>もう一つは、もう何足も草鞋を履くのはやめようということです。<br />
<br />
<br />
</div><div>全国公の最終日には、西医体に出るため男子8継の前に帰りました。<br />
4回生の最後の言葉を聞けず、西医体の方も途中参加で医水の皆のことをよく知らず泳ぐだけ泳いで、、なんか全て中途半端だなと思いました。堀さんは最後は水泳に全てをかけていたから、生き方が対照的でした。私もそれが出来るくらいの覚悟をもって、ラストシーズンは中途半端な態度で終わらせたくないと思うようになりました。<br />
<br />
</div><div>野球部は3月で退部して、医水も企画にはほとんど顔を出さなくなりました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>本当は4回生秋のマイコースプログラムで留学したいと思っていて、ずっとラボの先生にも相談していたのですが、長期だと9月から渡航でインカレ出れないし、短期にするにしても留学準備に追われてなあなあで引退するかもしれない、と思って辞めました。<br />
<br />
<br />
</div><div>そもそもあえて海外行くほどやりたいことがまだ見つかっていなかったのもあります。<br />
<br />
<br />
<a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_6083.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789115667/" alt="" width="400" height="300" /></a> <br />
<br />
かわいい！<br />
<br />
<br />
</div><div></div><h4>轟シーズン</h4><div>そうして新シーズンがはじまりました。ラボに徐々に沢山行くようになりました。<br />
臨床の試験は基礎ほど難しくなかったので、ギリギリ合格するラインをせめて、とにかく水泳の比重を上げました。<br />
<br />
あんだけ遅刻魔だった私ですが、今シーズンは10月に1回した以外は遅刻していません！</div><div>&nbsp;<br />
<br />
<br />
</div><div>とにかく引退までに後悔したくないという考えが強くてKAMO整体に通い始めました。合う合わないはあるでしょうが、天才が無意識にやっている体の使い方を理論的に落とし込めたことが凡才の私にはとても合っていました。毎日のルーティンも確立され、泳ぎもまた変わってきました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>夏に色々な覚悟を決めたものの、同時にこうあるべき自分が限界突破し、過去一自信喪失していました。学年が上がるにつれ、本来はラボ経験も長いはずだし、医学知識も沢山もっているはずです。そこに女子主将、幹部としてこうあるべき自分も追加されました。<br />
<br />
<br />
女子主将の就任スピーチも日記も、自信がなくて、とても頼りがいがある人には見えなかったと思います。</div><div><br />
10月はありえないほどキャパりました。三井のシャカカチプロジェクトに応募する準備をしていました。幹部として出来る数少ない仕事の一つだったし、当時は樋口が忙しい中無理して頑張ってくれていて、ゆうごも無理して電車で倒れて早退したから、余計私が支えなきゃ！と思って無理しました。しかし、試験も沢山あった中で私もキャパり、助けを求めた竜飛もキャパり、私と竜飛で中堂に当たり散らしてもうめちゃくちゃでした。</div><div><br />
前より周りをみながら練習できるようにはなったけど、それでも他の幹部勢、特にゆうごは、あまりに周りが見えすぎていて、気付いたら問題解決済みなことも多かったです。<br />
<br />
<br />
自分ももっと頑張ろうと思っていましたが、後輩や同期が今何を目指して何を頑張ってるとか、落ち込んでるとかやる気あるとか、自分は十分に見えなくて、毎回誰かからの話を聞いてえ、そんなことが起きてたの？と後から知っていました。</div><div><br />
けど練習中は自分の感覚やタイムに集中したいからどうしても視野は狭くなって、練習後聞いたりもしたけど、覚えるの苦手だしすぐごっちゃになっていました。<br />
<br />
<br />
21歳を過ぎて睡眠時間も確保しないと練習と授業はやっていられなかったので、毎日ルーティンもやりながら7時間は寝たくて、そしたら夜もダラダラしていられません。<br />
<br />
<br />
高校の時のようにサボりたかったけど、むしろ遅刻欠席は立場的に絶対にしたくなくて、そしたらもう限界な時は体調を崩す以外ありませんでした。<br />
この時期すぐに風邪をひいてしまい、練習で調子良くなったらリセット、頑張ったのにリセット、、が続いてきつかったです。決して気持ちの問題ではないと思う。<br />
<br />
<br />
インカレ割れてないのにチャンスを逃すことは許されないという考えのもと、京短とか京都秋季とかも全部でましたが、切れる気は全然してなかったし、結局しぶいタイムしか出ませんでした。</div><div><br />
<br />
<br />
本命の一つの冬季公認前も体調崩しました。NFで風邪ひかないようあんなに気を付けたのに。ENもまあまあ高いレベルで頑張ってきたのに。むしろ頑張ったからこそ、結局直前になって体調を崩し、一気に水の泡になってしまった。インカレまでの残りレース数が迫る中タイムも全然ついてきませんでした。<br />
<br />
</div><div>また、いつも隣のグボや守屋をENで倒してたのに、実際レースとなると二人とも私よりずっと速くて、練習で速くたって結果出せなかったら意味ないんだと、歯がゆい思いで電光掲示板を見ていました。<br />
<br />
</div><div>その姿をみて涼夏ちゃんやゆうごが声をかけてくれたし、他にも声をかけてくれる人もいて、頑張って周りと関わりにいった結果いまは一人じゃないんだなと思えたことが冬季公認の唯一の収穫でした。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>はじめ同じ位置にいた中堂は、インカレをとっくに割り、今度はジャパンオープン割れると周りが盛り上がっていました。一方、いまだにインカレで手こずってる私。本当は私もさっさとインカレ割って次のステップに進みたいのに。<br />
<br />
<br />
</div><div>一旦帰宅したものの我慢できなくなり、竜飛と樋口の飲み会に凸って酒を飲みながら泣きました。<br />
<br />
</div><div>閉店時間で追い出されたあとは、デルタに移動して仰向けに倒れました。</div><div>外で寝転がって空を見ることってあんまないし、うわーーーー世界ってひろいなーーーーーと思いました。泥酔！<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>こういうとき、何度も頭の中で卓さんの引退日記の言葉「泣いても速くならないし、ダサいから。」が再生されました。<br />
<br />
</div><div>私は弱くてすぐ泣いてましたが、この言葉は結局目の前のやるべきことをやるしかない現実を教えてくれました。それに、切れるまで待っててくれるって栞さんの言葉と、折れてもつなぎ直すよって言ってくれた怜花さんの言葉で、なんとかまた前を向くことができました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>七帝年末合宿が近づいていました。それ付近は鬱すぎてやばかったです。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>基本ゆうご中堂が本筋を進めてくれて、樋口竜飛がスタッフ系を進めてくれて、私だけ何も出来ることがなかったのでしおり作成をしていました。試験やラボでそれ以上の仕事をするキャパはなかったものの、誰の目から見ても幹部の中で私だけ何もしていない感がすごくて、自信を喪失していました。<br />
<br />
<br />
</div><div>合宿当日もその引継ぎもほとんど他の幹部がやってくれて、感謝と、無力感。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>個人の練習は良かったですね。もちろん涼夏ちゃんが隣に設置され、お互い負けたくなくてめちゃくちゃ高いレベルで練習しました。最後のGSは長水でave.29秒台という異次元の記録を叩きだし、無事涼夏ちゃんを討伐できました。<br />
<br />
<br />
</div><div>けど、結局レースでタイムがでなきゃ意味ないんだよなっていう虚しさも感じました。<br />
<br />
</div><div>どうせまた試合前に体調を崩してしまうんだろう。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>そこからまたきつい練習が続きましたが、コロナになったり定期的に体調を崩して休みながら頑張りました。ハイアベはさすがに強くなり100ｍ6本ave1:05台を出して加茂ちゃんに褒められたのはいい思い出です。</div><div><br />
<br />
<br />
</div><div>また、年明けから親知らずの虫歯が神経まで進行し、痛すぎて食べ物を反対側でしか噛めなくなりました。あとから思えば、虫歯によって常に痛みがあったことと、神経まで炎症がいったことで免疫がめちゃくちゃ弱ってたはずで、すぐ体調崩すのもそのせいもあったと思います。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>兎にも角にも、インカレは絶対春室できりたいと思っていました。<br />
<br />
</div><div>前日には先輩方からもエールが届きました。それでも個人では割れず。<br />
<br />
</div><div>広大がインカレ突破。後輩に先を越されるのは嫌だと思っていましたがそんなことどうでもいいくらい嬉しくて涙が出ました。そしてメリレでインカレ突破！やりきった駿佑のレースをみてまたまた涙がでました。<br />
<br />
<br />
</div><div>自分は2継の一泳で絶対に割るんだと意気込んでいましたが、100Frの疲労が抜けなくて、泳ぐ前からあぁもうだめだと正直思ってしまっていました。<br />
<br />
<br />
</div><div>結局無理でした。すごい量の応援が聞こえて竜飛が名前を呼ぶのも聞こえていました。<br />
<br />
</div><div>この時は悔しいよりも2継のみんなや応援してくれた人たちに申し訳ないなって気持ちがでかかったです。春短で割ろうと決めました。<br />
<br />
<br />
</div><div>あとから、2継の前、加茂ちゃんと海未ちゃんが集中する私の真横で「藍さん支えるぞ！」と肩くんでたという話を聞きました。集中してて全然聞こえてなかったんですが、このエピソード、水泳部にはいって一番の自慢かもしれません。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>NSLにも出場しました。引継ぎで50Fr26.16が出て、幸登さんから引継ぎインカレ突破！とLINEがきました。なんでこの試合まで見てるの？広大が友達の応援に来て、ついでにスキンレースでセコンドやってくれたのもいい思い出です。<br />
<br />
200IMでもゆうごのアドバイス通りBrでケツを締めたところ、4秒タイムが上がり2:24の生涯ベストを出すことができました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>その後はまたインフルに感染し、病み上がりに溜め込んでいた合宿準備をほぼ徹夜で終わらせて春合宿を迎えました。行きの電車で気持ち悪くて立っていられなかったですが何とか1日目2日目の練習をこなしました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>直前にKAMO整体で腸腰筋について学んでいたので、腸腰筋スイムを目標に頑張りました。<br />
<br />
</div><div>毎日しょこたんにしおりで鬱報告して慰めてもらいました。<br />
<br />
<br />
</div><div>特に、3日目午前のshort面MainのDiveは、インカレ割りたいなら少なくとも中堂や悠晟よりもベストから近いタイムで来ないとと思っていたけど、勝てなくて、漠然とした不安にさいなまれました。<br />
<br />
</div><div>その日の午後、体感したことのないレベルの寒気に襲われ、そのまま震えるように宿に帰って体温を測ったら39.5度ありました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>幹部としてろくに仕事もできず、自分もタイムが悪くて腸腰筋スイムも定着しないまま、人生最後の合宿こんな形で終わるんだ。という気持ち、万一感染性だったら、という気持ち、またレトルト粥生活繰り返すんかというショックと色々こみ上げました。<br />
<br />
<br />
</div><div>幹部からも迷惑だし終電までに帰れと言われ、病人に人権はないのかと泣く泣く帰宅しました。樋口は私の味方をしてくれました。<br />
<br />
<br />
</div><div>39.5度で3時間の紀州路快速は、人生でもトップレベルにしんどかったです。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>結局原因は細菌感染でした。<br />
<br />
インフルによる粘膜破壊、極度の疲労、睡眠不足、強い精神的ストレス、プールによる体の冷え、、体は既に限界でした。</div><div><br />
<br />
その後実家で療養ののち復帰しようとしますが、虫歯で神経が炎症していたからか全然体調が治らず、ベッドから起き上がれないまま4回生になりました。<br />
<br />
</div><div><a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_2460.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789115881/" alt="" /></a></div><div><h4>4回生</h4><div>4月のあたまに一度プールにいきましたが、体調が限界で途中で早退し、そこから1か月程度泳げませんでした。</div><div>新歓に何一つ貢献できず申し訳なかったです。<br />
<br />
<br />
</div><div>その間、水泳部のことをもう考えたくなくて、アユも通知オフにして日常に上がった写真も見ないで水泳部からとにかく距離をとっていました。</div><div><br />
<br />
</div><div>その後私の自律神経はさらにバグりはじめ、一時脈が37/minの徐脈状態が続きました。</div><div>大きな病院で精密検査を受けますが異常がなく、スポーツ心臓で片付けられ、治す方法も復帰のめども立たないし歯は痛いしもう最悪でした。</div><div><br />
<br />
</div><div>勉強する元気もなくずっっと寝てて、</div><div>寝ながら唯一できたのは編み物でした。</div><div>罪悪感がすごかったけど、編み物以外は出来ないので開き直って、ずっと編んでました。</div><div><br />
</div><div>これが転機になりました。</div><div><br />
</div><div>体調はどうかと親に聞かれたとき、編み物しかしてない、勉強も水泳もしてない。と打ち明けました。ガッカリするかなと思いました。</div><div>ですが親からは、いいじゃん、思う存分編んでね〜と返されました。</div><div>休日には看病に京都まで来てくれて、私の編んだ作品を見てすごく褒めてくれました。</div><div><br />
<br />
</div><div>優等生でなくなった自分も両親が受け止めてくれたことで、初めて自分の好きなことをして生きたらいいんだって気付きました。</div><div>やりたいことやって、思ったことしゃべって、全ては人のためでなく自分のために。</div><div>はじめてこうあるべき自分から解き放たれました。</div><div></div><div><br />
<br />
</div><div>インカレ切りたいという気持ちも、周りのことは無視して、好きに生きようと決めて改めて考えると、やっぱり自分自身がインカレに行きたいんだってわかりました。</div><div>　<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>その後体力が回復傾向になり、医水の肩書でエルスポーツに契約して自分のペースで少しずつ復帰しました。</div><div></div><div><br />
<br />
</div><div>復帰してすぐ、私を心配して堀さんむーさんがご飯に連れて行ってくれました。</div><div>どうせ普通のことやったって勝てないんだから、こうなったら変なことやろうぜ。という話になりました。</div><div>ささむさんにyasu道をすすめられ、トンボの動画を見つけました。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>元々春短でインカレを切る予定だったけど復帰後でひどいタイムだったし、女子主将としての動きも不十分で後輩を困らせ、ゆうごと揉めることになってしまい不甲斐なかったです。</div><div><br />
<br />
</div><div>その後、親知らずを抜きました。</div><div>術後はめちゃくちゃ痛かったけど、半年間苦しめられていた歯痛が一瞬で解消したしめちゃくちゃ体が軽くなったのを感じました！！</div><div><br />
</div><div>そこからはやっと満足に練習に参加出来るようになり、完全復帰しました。</div><div></div><div><br />
</div><div>あっという間にラスト短水路の夏季公がきました。</div><div>プールと相性が悪かったし、本当は4フリとか出て遊びたかったけど、インカレ割れてないのにお遊びするのは許されないと思って50Fr出ました。結果はやっぱりでしたが。<br />
<br />
</div><div>このとき100Frで一分かかりました。<br />
<br />
</div><div>どうせ割れないしと全国公割りを目指す海未ちゃんに2継の1泳を託そうとしていましたが、とにかく一つのチャンスも逃してほしくない、と加茂ちゃん海未ちゃんに言ってもらい1泳に行かせてもらいました。<br />
<br />
</div><div>まだ諦めてない後輩の姿をみて、自分が諦めてたらあかんって思いました、</div><div>っていうか本当に良い後輩すぎん？</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>翌週、金沢でガチで最後の短水に出ますが、チャレンジレースにすらひっかかりませんでした。<br />
<br />
</div><div>中堂が浮き上がりでタイムが削れるからと、次の日から練習終わりに一緒にUWを練習してくれるようになりました。</div><div><br />
</div><div>また、悠晟は草津のチャレンジスイムミートを勧めてくれました。</div><div>「このスピードで復帰してるなら絶対行けますよ」</div><div>「このまま終わるのは勿体なくないですか！？」と真っ直ぐな目で言ってくれました。<br />
<br />
</div><div>真喜屋も草津に行くなら付き添うと言ってくれました。<br />
<br />
</div><div>水泳オタクの2人が言うんだ、まだ切れる可能性ある、ともう一度前を向くことができました。</div><div>っていうか本当に良い後輩すぎん？（2回目）</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>関チャで少し希望が持てるタイムがでました。</div><div><br />
</div><div>関カレ前最後に私立組と泳ぐ試合だったので、一部残留の壁の高さを前に胃をキリキリさせていました。</div><div>狩られる立場って、こんなにプレッシャーがすごいんだ。去年は楽しかったのにね。</div><div>と加茂ちゃんと話してたね～。<br />
<br />
</div><div>次のシーズンはまたチャレンジャーだから、みんな楽しんでやってね。</div><div></div><div><br />
<br />
</div><div>ところで、関チャである重要なことに気が付きました。<br />
<br />
</div><div>100と50の前半25のタイムが変わらなかったのです。</div><div>だったら温存してる100の泳ぎの方がいいやんということで、堀さんにアドバイスをいただきながら、関国までに前半温存して後半爆上げという手法を一か八かで試してみることにしました。チャレンジって今思えばこれだったかもですね。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>またこの頃、今まであったスプリントの爆発力がなくなったことを広大に相談したら、広大がチューブトレーニングをオススメしてくれました。<br />
<br />
</div><div>後半爆上げでは、そのトレーニングの感覚を活かすのと、加えて目をつぶって手の感覚に集中するという手法もやってみました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>今まで短い50の中に戦略なんてなくもがいて終わってましたが、メリハリがついたことで一気に50が泳ぎやすくなりました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>関国が近づくにつれ、シーズン目標だった男女関国優勝の目標は、女子はほぼ非現実的であるという事実に悩んでいました。<br />
<br />
</div><div>何なら2位だって危ぶまれるレベルで、そんな中不可能な目標を目指すより、適切な目標を掲げた方が全体として良い空気で戦えると思ったので、女子の目標を2位に下げました。<br />
<br />
</div><div>ですが直前に都合よくシーズン目標を改変することが対抗戦の中で男子も含め全体に与える影響も心配でした。</div><div><br />
</div><div>関国までは不安と緊張でつぶれそうになりながら講義を受けていました。</div><div>医学科の友人たちが留学や研究の話で盛り上がる中、私だけは水泳のことを考えていました。でも、もうどうでもいいと思うくらい、対抗戦の方が大事でした。</div><div>同時に、先輩方は今までこれだけの思いで対抗戦に挑んでたんだなって分かって、今まで対抗戦でも気持ちが離れていたり自分の結果しか見ていなかった私の態度を申し訳なく思いました。</div><div><br />
<br />
</div><div>対抗戦の部旗の目標は「軌跡」にしました。テルの応援歌の輝跡から文字りました。<br />
<br />
</div><div>けど、私にとっては集大成の対抗戦だったし、先輩からもらった沢山のエールに対する恩返しとか、これまで得てきたこと全部出し切るって意味で、やっぱり私にとっては輝跡じゃなくて軌跡でした。</div><div><br />
<br />
<br />
</div><div>また、今年だけは奇跡的に関国と試験が一週間ズレていました。<br />
<br />
</div><div>試験と被っていたら本当にやばかったです。これも運命なのかな。</div><div></div><div><br />
<br />
<br />
</div><div>関国では、色々ピースがハマっていく実感があり、今までの多分切れない予感とは裏腹に、実はいけるって予感がしていました。<br />
<br />
</div><div>涼夏ちゃんに勝てるかはちょっとわからなくって緊張してたけど。<br />
<br />
</div><div></div><div>レース前はyasu道のトンボをやってみました。空気と一体化する過程で無心になることができ、直前に色々と考えて自分自身にかけていた呪いが解けました。</div><div>空気になるのは私の得意技でしたし。<br />
<br />
</div><div></div><div>入場直前にシリコンが割れましたが、中堂悠晟に助けられ、送り出されました。<br />
<br />
</div><div>結果は1位タイでした。前もいったけど、お互い嬉しいけど悔しいけど嬉しいって感じだったと思います。笑</div><div>無事中堂との3年ぶりアベックも叶いました。</div><div><br />
<br />
</div><div>2継までのあいだ、今までだったら自分に潰れる程のプレッシャーをかけてから挑んでいましたが、このときだけは無心で本当に何も感じませんでした。<br />
<br />
</div><div>真喜屋から後半がすこし落ちたと言われたので、最後は2継メンバー皆のことを考えて耐えようと決めました。<br />
<br />
</div><div>むらまつにシリコン借りていつもの青から赤になったのも、覚醒した王蟲みたいでよかったね。ありがとね。</div><div><br />
<br />
</div><div>あとはMVS日記に書きましたが練習でやったことをそのままやりました。<br />
<br />
</div><div>タッチして掲示板をみたらオンタイムでびっくりしたけど、トンボのせいで達成感というより無心でした。廣瀬、涼夏ちゃん、他の関国勢と抱き合って幸せでした。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>オンタイムで割ったということは、どの要素が欠けてても切れてなかったということです。<br />
<br />
</div><div>応援してくれていた皆、堀さんと作った半フリレースプラン、中堂UW、広大チューブ、ささむトンボ、廣瀬とフランセスのお守り、ずっと1泳を捧げ待っていてくれた2継メンバーの存在、、<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>幸登さんの引退にも、ささむ璃子さんの引退にも結局間に合わなかったインカレ突破でしたが、1回生もいて、これらのピースを与えてくれた皆が見ていてくれた中で突破できたのは、本当にラッキーというかここまで引っ張った甲斐があったなって感じでした。</div><div><br />
</div><div>いつもレーンが近かった太輔と駿佑の2人を見て今までの苦労がフラッシュバックし、やっと感情が戻ってきて人生で初めて自分のことでうれし泣きしました。</div><div><br />
</div><div>潤さんにも2年越しに真のMVSをもらうことができました。</div><div><br />
</div><div></div><div>高校でインハイ割った時は一人の目標で、人に悔し泣きされるレベルだったけど、<br />
<br />
</div><div>インカレはもう一人の目標ではなかったし、沢山の人が私のレースをみて感動して泣いてくれました。そういう点でインハイよりもずっと価値のある突破だったように思います。<br />
<br />
</div><div></div><div>本当に時間がかかりました。<br />
<br />
</div><div></div><div>その晩はレポートが終わらず夜更かしした結果次の日の結果はさんざんでした。<br />
<br />
</div><div>100はずっと国体58.02（去年まで58.3だったのに泣）を狙っていたのですが、59.30とかで、男子に流れをもっていけなかったし、3年かけてやっとインカレが切れたのに残りのレース数では無理ちゃうかと、不安要素のほうが多いまま関国は終わっていきました。</div><div><br />
</div><div>女子2位達成！！には安心しました。</div><div>快進撃すぎて2位でもギリギリだったことを忘れそうな点数でしたね。</div><div><br />
</div><div>とにかく切れた余韻よりも、やっと私も次に進めるって気持ちが大きかったです。<br />
<br />
</div><div>MVS日記はトンボの後遺症で感情が薄まってたのと、関国を最高到達点にしたくなかったのとで、結構ドライに書いちゃいました。期待してくれてた人すみません。<br />
<br />
</div><div><a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/2ad28b5f.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789115917/" alt="" /></a></div><div><br />
</div><div></div><div>七帝は直前まで試験だったので諦めていましたが、なんかすっごく調子が良かったです。<br />
<br />
</div><div>50でインカレ割り直したし、その泳ぎを100に逆輸入してみたら100もめっちゃはやかったです。<br />
<br />
</div><div>国スポまであと0.4秒にせまり、真喜屋とこのままなら行けるねって言ってました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>ですが、その後のSGSで熱中症になったのと、七帝が感覚良すぎたせいで逆に普段何意識して泳いでたかよく分からなくなってきて、福井県選手権でいい流れは消えてしまいました。</div><div></div><div>もっと熱中症対策したらよかった。<br />
<br />
<br />
</div><div>関カレ前はあまりの緊張に吞気症になって、練習中も息を吸う時に空気を飲み込みました。気持ち悪くて絞扼反射がおき、呼吸動作のたびにオエッオエッて言いながら泳いでました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>関カレは到底無理な戦いなことは分かっていましたが、だからって負けるつもりで適当に挑む気は誰もなかったし、せめて1部の中でも2桁は得点したいと思っていました。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>関カレ当日は、50はわんちゃん表彰台を狙えるんじゃないかと予選から飛ばしましたが、到底登れそうにないタイムでした。<br />
<br />
</div><div></div><div>バッタもひどかったですね。色々な人に相談に乗ってもらったのにすみません。広大に謝らせてしまい不甲斐なかったです。</div><div><br />
</div><div>最終日の100も、関カレが国スポのエントリー期限でしたが、連戦続きでひどい疲労感で、予選落ちしそうなレベルでした。ワンパ中泣きそうになり中堂が励ましてくれました。<br />
<br />
</div><div>結局国スポは全然ダメでしたが、高校の時切れてるし、それより決勝に何とか残ったのでもう自分の中では十分でした。<br />
<br />
</div><div></div><div>200は生涯ベストを出せましたがギリギリ10秒を割れませんでした。<br />
<br />
</div><div>不本意ではありましたが、恵那さんに「自分の専門に自信を持て」と言われたことの答えかなと思いました。何度も捨てようとしたけど、やっぱり50で頑張ってよかった。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>結果女子は一部残留は叶いませんでしたが、8継の最後を京阪神も私大もみんなで応援してくれたことが嬉しかったし、2桁得点は叶ったのでやりきった気持ちでいます。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>全国公は、今年は両方9位エントリーだったので、とにかく感覚を落とさないようにと気を付けていました。</div><div>ストレスたまりすぎて、常に絞扼反射が起きており、疲労も限界でした。</div><div><br />
</div><div>50自由形は予選ベストの27.04で決勝に残りましたが決勝で26出せず悔しい終わり方でした。ベストが出れば体が軽くなるのですが、タイムが微妙すぎて体がどんどん重くなりました。<br />
<br />
</div><div>100も予選ベストで決勝に残りましたが、タイムが出そうな感覚は全くありませんでした。<br />
<br />
</div><div>人生最後の100なのに&hellip;と思いながら決勝に向かいますが、階段を下りながらふと、これが体育会で最後の決勝入場になるんだなと思いました。</div><div>そう思うと、普通にお辞儀をして入るのはもったいない気がしました。<br />
<br />
</div><div></div><div>去年やったBKBは、カワサキバイクじゃなくて、ベスト必ずベストなんだよ！と全世界に発信しておわろう。<br />
<br />
</div><div>BKBは最初から嘘でした。けど、最後くらい悪目立ちしたっていいでしょ。って思って。松田さんすみません。</div><div><br />
</div><div>着替えが間に合わないので博奈と真喜屋が代わりに書いてくれました。<br />
<br />
</div><div>着替え終わると2人が待っててくれました。2人に託された紙と共に入場したら、BKBコールをしてもらえて、実況でも松田さんにたくさん実況していただきました。<br />
<br />
</div><div>大好きな後輩たちと同期に囲まれて。最高の入場でした。めっちゃ楽しかったな。<br />
<br />
</div><div><a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_2006.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789115957/" alt="" /></a></div><div>最後は横の子だけは絶対倒すと思って泳ぎましたが、同着でした。</div><div>競り負け回避と捉えれば、私の執念だったのでしょう。<br />
<br />
</div><div>全くベストではなかったけど4位からは異次元のタイムで実質私がとれる一番上の順位でしたし、5位という順位を見たら裕一朗さんの「全国公5位ですよ！！」の声が聞こえてきた気がしました。<br />
<br />
</div><div>そしていつか、今の後輩たちが4回生になったとき、少しでも私のこのレースを思い出してくれたらいいなって思いました。<br />
<br />
</div><div>タイムは終わっていたものの、個人的には大満足しておわりました。</div><div><br />
</div><div>最後の4継は廣瀬のラストレースで、廣瀬の最後にはさすがに涙がこみ上げてきました。<br />
<br />
</div><div></div><div>結局リレーは歴一を更新できず。後輩たち、頼みますよ！</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>終わったあとの回生旅行は、幹部や競技からのプレッシャーから解放されて、久しぶりに昔の雰囲気に戻った気がしました。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>インカレに向けては、残り時間も少ないので技術面に注目して色々頑張っています。<br />
<br />
</div><div></div><div>ただ、その後また謎風邪にかかって一週間死んでしまいました(&acute;；&omega;；`)<br />
<br />
</div><div>また、ストレスからのFD疑いで、ご飯も気持ち悪くて普段の量を食べられません。<br />
<br />
</div><div>泳いでても絞扼反射がすごくて長く泳げません。</div><div><br />
<br />
</div><div>それでもインカレでは、せめてベストは出して、私のベスト表と歴代にR8インカレというワードを残したいです。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>P.S.　死にました。でもやり切った気持ちです。引退してからFDなくなりました。</div><div></div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>振り返りは以上でした。全部読んだ人すごい。</div><div></div><div><br />
</div><div>ずっと、わかりやすく将来に直結する勉強や研究活動を捨て、パッと見将来には全く関係ない水泳に魂を注ぐ意味を考えていました。</div><div><br />
<br />
</div><div>正直本当はインカレを割って終わるにとどまりたくなかった。<br />
<br />
</div><div>もっと早くインカレをわって、国体やジャパンオープン、もっと上を目指したかった。<br />
<br />
</div><div>タイムだって25秒まで出せたかもしれない。</div><div><br />
<br />
<br />
</div><div>けど多分何秒だったって何か後悔して終わったと思います。<br />
でも、インカレに出て追われて、大きな後悔はないです。</div><div><br />
</div><div></div><div>私たちは水泳で食っていくわけではないしね。<br />
<br />
</div><div>だからこそ、相対的なタイムの位置にとらわれず、自分の目標をたててそれを目指してもがき苦しみ、誰かに応援され、水泳部で得るこの経験こそ大事にしてほしいと思います。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>きっと本気で部活をやった人にしか見えない景色です。</div><div><br />
<br />
</div><div>幸登さんが言ってましたが、自分の努力を大勢が全力で応援してくれるなんてこの先ほとんどないし、それはこの先、どうあがいても2度と得られない経験です。</div><div><br />
<br />
</div><div>また、私は水泳部での経験のおかげで、医者としての将来も自分がやりたいことを追及すればいいんだとようやく気が付くことが出来ました。<br />
<br />
</div><div>そしたら臨床で患者と関わった上で解決したいと思った疑問を研究したいという自分の気持ちも見つけました。ただ研究や勉強だけをやっていたら、今でも無理やり興味を持とうとしてどんどん研究から離れていたかもしれません。</div><div><br />
<br />
</div><div>人との関わり方ももっと違っていたと思います。</div><div><br />
<br />
</div><div>私にとって、価値しかない3年半でした。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>本当にありがとうございました。</div><div></div><div></div></div><div>&nbsp;</div>]]>
    </description>
    <category>最後の言葉</category>
    <link>https://ninja2.blog.shinobi.jp/%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89/%E5%BC%95%E9%80%80%E6%97%A5%E8%A8%98%E3%80%80%E6%B8%85%E5%B7%9D%E8%97%8D%E3%80%80%E3%81%9D%E3%81%AE2</link>
    <pubDate>Wed, 09 Sep 2026 01:38:00 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">ninja2.blog.shinobi.jp://entry/1223</guid>
  </item>
    <item>
    <title>引退日記　清川藍</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>大変長らくお待たせいたしました。</div><div><br />
</div><div>お疲れ様です。清川です。</div><div><br />
</div><div>ついに最後の日記です。</div><div></div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>先ほどインカレのスプシが作成され、これが最後の記入かと思うとさみしいもんです。</div><div></div><div><br />
</div><div>夏季長は、400Frで松山さん狩りしようと思ってたけど死にました。</div><div>速く入りすぎて、急いでペース落としたけど時すでに&hellip;。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>結局歴一は50,100,200だけで終わってしまいました。</div><div><br />
</div><div>リレーは短水メリレ以外は歴一総なめです。</div><div><br />
</div><div>なんかどっちも惜しいけど、特に後悔はないです！<br />
<br />
</div><div></div><div><a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/0418C167-560D-46E8-B397-3942C3608A5D.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789115156/" alt="" /></a> <a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/5D75E17C-270D-4949-B7C4-308D1C6A4B9B.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789115157/" alt="" /></a></div><div><br />
</div><div></div><div>それでは引退日記です。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>16年間に渡る競技生活の締めくくりで、ほぼ人生の振り返りです。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>廣瀬と同じく自分が残したいから書きます。</div><div><br />
</div><div></div><div>あと、だいぶ面倒くさいし捻くれているので、気分が悪くなったら飛ばして大丈夫です。</div><div></div><div><br />
<br />
</div><div>保険かけるのはここまでにして、本編スタート！</div><div></div><div><br />
<br />
</div><h3>【京都大学水泳部&hellip;に入るまで】</h3><div>時はさかのぼり1997年<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>お散歩をしていた2歳の長男が、深めの水たまりを怖がりました。彼のあまりの弱さに危機感を抱いた両親は、長男をスイミングスクールにぶちこみました。</div><div></div><div><br />
</div><div>その後生まれた末っ子も、もちろん例外ではありません。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>そうして私は3歳の頃からスクールに通いはじめました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div></div><div></div><div>スクールバスでかくれんぼしたり、平泳ぎが一生合格できなかったり、楽しい日々を過ごしました。</div><div></div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>6歳の時、10級？くらいで飛び級で育成コースに入らないかと言われました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>「100IM泳げたら6級のいるかのワッペンあげるよ」<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>と甘い言葉をささやかれた私は、育成コースに入りました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>そこから週4回1:30練習が始まりました。<br />
<br />
<br />
</div><div>当初は女子1人でしたが、徐々に女子も増えてきて、小学校に上がる頃には保育園が一緒だった歩美ちゃんも入ってきました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>3年生のとき、練習がきつすぎて辞めたいと母に相談し、小学校卒業と共に辞めるということになりました。選手コースに入ったら後に引けなくなるので、勧誘は断りつづけました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>ですが一年後、まだ育成にいた同期が全員選手コースに行くといいだし、みんなと話すのが生き甲斐だった私もやむを得ず選手コースに行きました。</div><div><br />
</div><div>(ちなみに私以外は全員中学までに辞めました)</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>そこから週6回18:30－20:45練習になりますが、本当にしんどい思い出しかないです。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>自分が水泳好きだったらよかったけど、練習はきつくて大嫌いだったし、人間関係も難しかったし、競技自体にも興味はなく、楽しいという感情をあまり抱けませんでした。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>学校も放課後も、練習のことを考えると憂鬱でした。</div><div>土曜はピアノを終えて20時に夜練を終えたら、10時間後の日曜早朝6:00からまた朝練。<br />
<br />
<br />
</div><div>日曜午後は明日から学校ということと、終わったらまた夜練ということが憂鬱で、<br />
<br />
<br />
</div><div>まあとりあえず基本的にいつも憂鬱でした。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>何度も体温計をこすってサボり、やりすぎて母親に怒られたりしました。<br />
<br />
<br />
</div><div>毎日必ず来ていた子もいて、すごいなと思っていました。<br />
<br />
<br />
</div><div><br />
</div><div></div><div>早く小学校を卒業したかった。<br />
<br />
</div><div><br />
</div><div></div><div>思い出といえば、短水で100ｍ自由形一分割りに本当に時間がかかったことです。<br />
<br />
<br />
</div><div>ある先輩が突破を楽しみにしてくれていて、私もそれをモチベに頑張れました。<br />
<br />
<br />
</div><div>多分10回以上ダメでしたと報告し、ようやく切った時はすっごく嬉しかったです。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>ついに小学校を卒業して、3月に引退？レースに出ました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>が、その時のタイムがJO標準+0.1sで、ここで諦めてしまうのも勿体ない気がして、なんと続ける決意をしてしまいます。</div><div></div><div>(バカすぎる。)<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div></div><h4>中学生</h4><div></div><div>放課後はスクールに通いました。毎日、これを高校卒業まであと6年続けるのか、、と考えながら泳ぎました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>当時から私は自分以外の選手には全く興味がありませんでした。</div><div><br />
</div><div>横で泳ぐ子よりは速くいたいというプライドはあれど、でも世界には越えられないほど速い人間がいることは理解していて、広い世界をわざわざ見る事も面倒でしませんでした。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>福井は人が少ないし、初めて出た県大会では優勝できました。けど全中切れるレベルでもなく、そもそも全中を見据えてすらなかったし、北信越大会では予選落ちでボコボコにされました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>また、永遠のライバル真衣ちゃんがメキメキ台頭し、どんなレースも毎回2人の勝負になっていました。次第に真衣ちゃんの方が速くなっていき、なかなか勝てなくなり、泳ぐたびに敗者となる生活が続きました。中2の時は勝てないから県大会も200に出たりしました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>私が中3のとき真衣ちゃんは高校生となり、中高で分断されたため私は再び優勝しました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>その年には北信越大会で福井県の女子キャプテンをやってほしいと先生に推薦され、喜んで引き受けました。<br />
<br />
<br />
</div><div>ですがあの時、選手の中で反発の雰囲気が大きかったのを何となく感じていました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>そりゃそうです。</div><div><br />
</div><div>地元にいた頃の私は、自分のレース感覚を研ぎすますので精一杯で、真衣ちゃんの記録以外他人には自分から興味を示すことはありませんでした。</div><div><br />
</div><div>名前はおろか、S1は何で、何秒くらいで泳ぐのか、何を目指しているのかとか。</div><div><br />
</div><div></div><div>当時は裸眼で人の顔も電光掲示板も見えなくて、余計に名前と顔も一致していない人が多かったです。</div><div><br />
</div><div>自分もプレッシャーがかかるのが嫌で自分の頑張っている気持ちは隠していたし。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>恥ずかしながら樋口がその時S1何で何秒くらいだったかも実はよく把握してません。私がそういう人間だったことは樋口は知ってると思います。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>地元の友人もほとんどは大学から仲良くなりました。</div><div><br />
</div><div>なので、地元が同じで声をかけてくれるのに全然覚えてないことが何度かありました。ごめんね。こんな私を覚えててくれて嬉しかったです。</div><div><br />
<br />
</div><div>そんな奴に統率なんか無理に決まってます。<br />
<br />
</div><div>これで結果も悪かったら追放でしたが、何とか50m自由形で北信越大会優勝することができました。全中タイムは切れませんでしたが、なんとかキャプテンとしての顔がたてられてホッとしたのを覚えています。</div><div><br />
</div><div>でもある程度みんなが自立していてキャプテンの必要性がそこまで強くなかったから何とかなった出来事でした。</div><div><br />
</div><div></div><div>JOもふんわり目指してはいたけど、それに向けて頭を使って練習するモチベも、頑張らずにJO切るほどの才能もなく、中学は終わりました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><h4>高1</h4><div>高1でコロナ休校が開けると、私はディベート部に入部し、授業&rarr;ディベート&rarr;コンビニでご飯食べる&rarr;水泳に遅れて行く<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>という生活をしました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>サボりに拍車がかかり始め、週に1回は休んでいたし、行っても毎回30分〜1時間くらい遅刻してました。短い練習時間で自分に何が必要か勝手に考えてやっていました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>ウェイトも始めました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>特に水泳にモチベが無かった私ですが、この頃憧れの選手がいました。コロナだったので、その人と対面で会うにはインターハイに自分も行く以外なくて、どーーしてもインターハイに行きたい！！と思うようになりました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>周りに言うとプレッシャーになるので黙って、泳ぎながら、あるいはウェイトをしながらふとインターハイに行きたい気持ちを確認して心を燃やす感じで頑張っていました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>冬に小指を剥離骨折し、泳げなかった時期は毎日バイク20分漕いでました。</div><div></div><div></div><div><br />
<br />
</div><h4>高2</h4><div>ストレスで逆流性食道炎になり、ご飯があまり食べられなくなりました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>しかし、練習や筋トレの前は必ずおにぎりとプロテインを無理にでも食べていたので、今思えば自然脂質制限していたと思います。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>体重は54kgほどしかありませんでした。<br />
<br />
</div><div></div><div><a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/PIC00162F.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789115227/" alt="" /></a></div><div></div><div></div><div>インターハイに出る条件は、北信越で標準を切る、または上位3位以内に入る、でしたが、コロナ禍真っ盛りだったため、条件は標準切るか優勝する、になっていました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>当時長岡大手に26秒台のバケモンがいたので、標準を切るのが唯一の方法でした。</div><div>(今年のインカレではPBでB決残ってました)</div><div><br />
</div><div>標準記録、100Fr 58.81、50Fr 27.15<br />
<br />
<br />
</div><div>とりあえずインターハイにいけたら何でもよかったので、まず1日目の100で狙いますが59.16。</div><div><br />
</div><div>2日目の50Frは予選が27.38で、予決の間はひたすら音楽を聞きながら何度も泳ぎをイメージし、決勝で魂の27.10でインハイを突破しました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>国スポが27.12?とかだったので国体標準も割りました。</div><div><br />
</div><div></div><div>このとき真衣ちゃんも受験生で2週間しか練習してないのに根性でインハイ切ってきました。<br />
<br />
</div><div>二人でとった懐かしのベストツーショット！<br />
<br />
</div><div><a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_2021.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789115253/" alt="" /></a></div><div></div><div>樋口から同期女子が悔し泣きしていたと言われたことはずっと覚えています。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>インターハイを狙っていることも誰にも話してこなかったし、逆に相手の苦労だってよくわかろうとしていなかったし、練習は都合よくサボっていたし、喜べるわけないと思います。</div><div><br />
<br />
</div><div>周りに切った人が私だけだったので、インハイにむけては一人で練習することになりましたが、出場が目的化していた私は27.7とかで爆死し、国スポも撃沈が予想されましたがコロナで中止になりました。</div><div><br />
</div><h4>高3</h4><div>体育のバスケで、小指を剥離骨折しました。結構重症でした。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>その年はコロナによる影響が緩和され、上位3位以内でインターハイに行けるようになっていました。しかも真衣ちゃんは高知大学に進学し、その年のインハイは高知開催だったため絶対に切って会いに行くと約束していました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>もう小指が痛すぎて27.15は不可能でした。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>何とか泳いで、3位以内に入りたい。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>けど、決勝前なぜか涙が止まらなくなってしまいました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>心配した周りの友達がコーチを呼んでくれて、コーチが慰めようとしましたがメンタルが限界で涙が止まらず。<br />
<br />
</div><div></div><div>結果は27.6なんとかで、3位にあと0.1秒届きませんでした。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>プールから上がると、同期女子2人が待っていて、2人の顔を見て涙で顔がぐしゃぐしゃになり、それを見て笑う2人の胸に包まれて泣きました。<br />
<br />
</div><div></div><div>真衣ちゃんにインハイダメだった、と電話で報告して、そうして高3の7月にいったん水泳から離れました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>中一から6年、サボりながらもなんとか走り抜きました。</div><div><br />
</div><div></div><div>その後は受験に集中し、1月に合格したので2月はなんとなく試合にでてました。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>よくここまで続けられたなと思いますが、私は多分諦めるのがあんまり好きじゃないんだと思います。</div><div>打たれ弱いけど、打たれた状態で終わるのは悔しいって思ってしがみつくタイプです。</div><div><br />
</div><div></div><h3>【京大水泳部に入ってから】</h3><div></div><h4>1回生</h4><div>水泳を続ける気はありませんでした。</div><div><br />
</div><div>が、学科でできた友達と医学部水泳部の新勧に行くと、普通に楽しくて医水に入ることにしました。</div><div><br />
<br />
</div><div>そこで体育会水泳部の話も聞きました。</div><div>「体育会には入らないの？」「体育会はすごいよ、毎朝6:30から週6で練習してるらしいよ」<br />
<br />
<br />
</div><div>はえー。。大学入ってまで週6で朝練？？</div><div>頭のおかしい集団もいるもんやなと思いました。</div><div><br />
<br />
</div><div>ですが、医水の大智さんから京介さんへ連絡がいき、体育会に誘われました。練習に参加するだけでもどうかと。<br />
<br />
</div><div></div><div>そして入部締切前日に初めて踏水会に参加します。</div><div>初日もバッチリ遅刻し、大御所の京介さんを外で立って待たせました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>全然入る気なかったけど、優二郎さんと幸登さんは全力で勧誘してくださいました。</div><div>そこで、<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>一緒にインカレ目指さないか。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>と、持ちかけられます。<br />
<br />
<br />
</div><div>この一言から私の大学人生が変わりました。<br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>とても嫌な予感がしました。<br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>インハイはほぼ勢いで切ったし、JOに手こずってた苦い思い出も蘇りました。</div><div><br />
</div><div></div><div>あの苦しみをもう一度繰り返すのか。<br />
<br />
</div><div>そして、切れなければ深い後悔を残すことになります。<br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>ですが、インカレという選択肢を提示された以上、挑戦もせずに諦めるのは悔しい。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>全国で活躍する友達と同じ舞台に立ちたい。</div><div></div><div>だから、、、</div><div><br />
</div><div>『のびのび医水でインカレ狙ってみることにします。』</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>「インカレ出たいなら体育会入ってないと出られないよ」</div><div></div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>『え？』</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>「体育会に入るなら、締切は明日までだよ」</div><div></div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>『え？？』</div><div></div><div></div><div><br />
<br />
</div><div>えぇーどうしよー。<br />
<br />
</div><div></div><div>うーん。じゃあ、入るか！！<br />
<br />
</div><div><br />
</div><div>翌日『入ります！』</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>こうして入部締切当日に入部が確定しました。<br />
<br />
<br />
</div><div>私も適当すぎですが、今思えば誘われ方も詐欺的です。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>しかし当時の私は医水の練習にも参加したいからという言い訳をして体育会の練習を多くても週2回ほどしか参加していませんでした。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>周りの選手に自分から興味を持たない性格は大学でも変わらなくて、人の名前も全然覚えられないし、当時女子主将の日奈子さんや幸登さん潤さん、同期で話しやすかったあきひろ以外とはほぼ誰ともしゃべらず泳ぐだけ泳いで帰っていました。<br />
<br />
</div><div></div><div>そんな状態の私に、珍しく練習に来た時は堀さん中心にみんなが名前あてクイズを実施してくれました。<br />
<br />
<br />
</div><div>めぐさん、あのとき花さんと呼んでしまってすみません。</div><div><br />
<br />
</div><div>当時あいが部内に3人いたため、区別のため日奈子さんから「あいぼう」を命名されました。(なぜ坊？という感じですが、NFで水着的当てを思いつく日奈子さんの思考はやはり常人を凌駕しています。）</div><div><br />
</div><div>正直体育会水泳部という集団に所属する以上、練習のノルマも守れない人間がいるなんて、全体の士気も下がるし迷惑だし、完全イレギュラーです。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>さらに毎回のように遅刻していたので、本当に扱いに困っただろうと思います。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>ですが当時の幹部は、ここで強制したらコイツは確実に辞める、と私を直接咎めることはせずに何とか対応してくれていたことを後から知りました。</div><div><br />
</div><div>私は大学でも色々なことに挑戦したくて、救急医療とかIFMSAとか、入部前の時点で色々なイベントを土日にいれていました。<br />
<br />
<br />
</div><div>なので、春短も関チャも夏季公も七帝も、ぜーんぶ未参加でした。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>入部当初から関国だけは絶対に出てほしい、とくぎを刺されており、そうして体育会として初めての試合となる関国に出場しました。<br />
<br />
</div><div></div><div>50Fr優勝しました。当時の優勝タイムは27.71でした。</div><div><br />
</div><div>あっさり優勝しますが、翌年からは優勝タイムがめちゃくちゃ上がります。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>中高はプールが無くて水泳部も無かったので、応援し合う仲の人は同じクラブの10人にも満たないメンバーだったし、お互いレースがあったりコロナ禍は声も出せなかったりで、チームメイトの集団に応援される経験は関国が初めてでした。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>決勝で優勝して応援席を見た時、青いメガホンをふってみんなが立ち上がって喜んでくれました。レースのあと、あれだけの歓声が降り注ぐのは生まれて初めてでした。<br />
<br />
</div><div></div><div>自分の泳ぎが誰かのためになる、大学水泳の楽しさを初めて知りました。</div><div></div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>表彰のあとアベック優勝をきっかけに初めて中堂と話しました。</div><div><br />
</div><div>最初間違えて中堂に敬語をつかい、寛真さんにタメ語で話しました。すみませんでした。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>練習に参加しないくせに試合だけ出る私を良い顔しない人がいてもおかしくないのに、みんな祝福してくれて、裕一朗さんにMVSをもらいました。<br />
<br />
</div><div></div><div><a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_2225.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789116041/" alt="" /></a></div><div><br />
</div><div>体育会水泳部という組織にすっかり魅了された私はその後ようやく毎日の参加ノルマを守って参加するようになりました。</div><div><br />
</div><div>幸登さんが嬉しそうにしてくれました。</div><div><br />
</div><div></div><div>関カレはあまり記憶がありませんが、初めて回生でご飯に行き、みんなで重いメガホンをかついで終電ダッシュした記憶は残っています。<br />
<br />
<br />
</div><div><a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/PIC0018CB.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789115363/" alt="" /></a> <br />
<a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/PIC0018CC.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789115405/" alt="" /></a> <br />
似てる。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>当時は100Fr長水1分割りをかなさんに見せたくて頑張っていました。<br />
<br />
</div><div></div><div>新潟全国公では1つも決勝に残れませんでした。<br />
<br />
<br />
</div><div>応援席でひなたさんのFly決勝を見て、来年こそは私もあそこに、、と思いました。<br />
<br />
</div><div>関西みんなで歌うチャンス襲来はすごく楽しかったです。<br />
<br />
</div><div></div><div>そして最後の8継、裕一朗さんの魂のスイム、りょうせいさんの56秒台、全国公5位。<br />
<a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/PIC000B68.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789175192/" alt="" /></a></div><div>当時の私はその価値をしっかりと理解はしていなかったものの、周りの興奮と盛り上がりは目に焼き付いていて、その後の引退会見で「全国公5位ですよ！！」と興奮する裕一朗さんの姿もよく覚えています。</div><div><br />
<br />
</div><div>1分割りは結局できずにかなさんを引退させましたが、翌週の西医体で木下くんのアドバイスをもらって59秒61をマークしてシーズン終了しました。</div><div></div><div><br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>9月のオフに入りました。</div><div><br />
</div><div>地元の先輩や友達、そして関西で出会った人たちのレースが見たかったのと、当時大学生になって一人で旅行できる楽しさに目覚めていたので、有名な選手も全然知らないくせにインカレを見に単身で東京まで行きました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div></div><div></div><div>そこで谷口卓さんの伝説の100Br優勝レースを生で見ました。</div><div><br />
</div><div></div><div>旗入場と優勝の感動は言うまでもありませんが、その後ビジョンに映った大盛り上がりする中京大学の人たちと、掲げられた「59秒台！」「再び頂点へ」の文字が強く印象に残りました。</div><div><br />
</div><div></div><div>速い人全然知らんくて、当時卓さんのことも初めて知ったけど、優勝までにたくさんの苦労があったのだということは学生たちの盛り上がりが物語っていました。</div><div><br />
</div><div><br />
</div><div>大学水泳っておもしろい！！</div><div><br />
</div><div></div><div></div><div>ちなみにその2年後、玲太マンの働きかけで京大に卓さんが来てくださり、生のご本人と喋るすごい経験ができました。京大訪問を前に幸登さんにおすすめされて引退日記を読んで、あの優勝レースの価値をもう一度実感しました。</div><div></div><div><br />
</div><div></div><div>近年は当然のように京大にインカレ勢がいますが、ラッキーなタイミングだと思います。<br />
<br />
</div><div>インカレに限らずですが、せっかくの機会には積極的に飛び込んでみるといいと思います。<br />
思いがけない出会いがあるかもしれないし。<br />
<br />
</div><div></div><div>自分は引退までにはインカレ割れてたらいいやと思っていたけど、お世話になった幸登さんにインカレを割る姿を見せたいなと思いました。</div><div><br />
<br />
</div><h4>総乱舞シーズン</h4><div>シーズン目標は「インカレに出て、ベストを出す」にしました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>これはひなたさんが引退日記で『インカレにでることを目標にしていたのがよくなかった』と言っていたからで、高校時代の自分にも当てはまることだったからでした。</div><div><br />
班制度では潤さんの班に振り分けられ、毎週潤さん梅さん後藤さんと一緒に筋トレしました。<br />
<br />
</div><div>潤さんは毎回私の懸垂の補助をしてくれて、おかげで冬季公認前には懸垂ができるようになりました。</div><div><br />
<br />
</div><div>このころたくさん食べるようになり体重は60kgを超えました。<br />
<br />
</div><div>当時の写真を見ると顔がまんまるです。<br />
<br />
</div><div><a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_2218.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789115323/" alt="" /></a></div><div>後期はレポート評価の人社ばかりを履修し、絶賛大学生してた私は、毎日朝練して寝て筋トレもしていました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>なんなら朝練がおわったあと野球部の朝練にも行ったりしていました。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>冬季公認の2継1泳では覚醒し、1日目の個人27.03から一気に26.45がでました。<br />
<br />
<br />
</div><div>すでにインカレに行く実力があると気づきました。<br />
<br />
<br />
</div><div>終わってプールサイドの応援席に行くと、幸登さんもだけど、いつもムーっとした顔だったささむさんがすごく嬉しそうに笑ってたのが記憶に残っています。<br />
<br />
<br />
</div><div><a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_3013.JPG" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1787538506/" alt="" /></a></div><div><br />
</div><div>その後一旦冬に気持ちが落ち込み、寒いからモチベないと言い訳をして練習で遅刻欠席を繰り返すようになりましたが、大月からのLINEと、遅刻防止に幸登さんが電話をかけてくれるようになったことで、また練習にいけるようになりました。<br />
<br />
<br />
</div><div>春室まではあの26秒は幻だったんじゃないかと不安でした。<br />
<br />
</div><div>しかし、春室で再び個人で26秒台がでて、完全に実力だと分かりました。<br />
<br />
</div><div>2継でタイムをあげて26.40で泳ぎますが、インカレ一歩及ばずでした。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>はたから見たら、もうすぐ切るだろうな、って感じだったと思います。<br />
けれども、私自身はこの時、すごく長い戦いが始まる悪い予感がしていました。</div><div><br />
</div><div>私の予感って結構当たるんですよ。</div><div><br />
</div><div>にしても、まさか再びタイムを戻すのに2年半もかかるとは、、</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>また、その年は春短に合わせていたので、春休みだしお遊びエントリーしようってことでメリレでバッタに出てみました。そしたら短水1:05で思ったより速くて、そこからメリレはバッタになりました。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>潤さんには、春室MVSにしようとしたけど、遅刻のし過ぎと、インカレ突破時にあげたいから、と言われてお預けになりました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>春休みは2時間練習をして、春合宿では、海沿いの一棟貸しで水泳部皆で旅行してるみたいな気分で、とにかく宿が楽しみで頑張れました。<br />
<br />
</div><div><a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/fbd23f09.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789115473/" alt="" /><br />
</a><br />
めっちゃ楽しかったけど、タイムはあんまり良くなくて、内心焦っていた記憶があります。<br />
<br />
<br />
</div><div>総乱舞シーズン前半は、水泳部の想い出の中でもトップクラスに楽しかったです！</div><div><a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/6830eadf.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789120541/" alt="" /></a></div><div><br />
</div><div>本当は研究室にももっと行かないとと思っていたのですが、なんとなく動きだせなくて、ほとんど行きませんでした。2回生ではもっと頑張ろうと思いました。<br />
<br />
<br />
</div><div><h4>2回生</h4></div><div>基礎医学の第一関門、解剖実習が始まりました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>1個下が入ってきましたが、変わらず周りの選手に自分から興味を持たなかったし、後輩という後輩を持ったことがなかった私は、全然先輩できませんでした。<br />
<br />
<br />
</div><div>何なら専門が始まって余裕がないのに、一番下じゃないと先輩に甘えられなくて嫌だなと思っていました。<br />
<br />
<br />
</div><div>専門が始まったことで、毎日ギリギリの生活をするようになりました。<br />
<br />
<br />
</div><div>朝練終わったらすぐ解剖の予習して、講義受けて午後解剖、終わったら夕方はラボで実験か、バイトか新歓イベント。<br />
<br />
<br />
</div><div>今思えば思い切ってどれか休んだり、予習だって先輩の資料をもっと使ったってよかったのに、私は全部やろうとしました。<br />
<br />
<br />
</div><div>私はこの頃から少しずつ「こうあるべき自分」に囚われるようになっていました。<br />
<br />
<br />
</div><div>自分は特色で合格していて、大学から医学研究者としての素質をもつ人間として期待されて入学した人間です。<br />
<br />
<br />
</div><div>京医の周りの友達は、精力的にラボに参加したり、講義をしっかり理解して学びを深めたり、みんな素質をもっています。<br />
<br />
<br />
</div><div>だから私も、研究者の卵らしく無理にでも興味を持ってラボにも参加しないといけないし、解剖でも実習の時点で構造はすべて理解しているべきで、良い成績もキープすべきで、野球部とかMESSとかバイトでも、技術を高めながら人との関係も大切にするべきで、会話でも相手の求める返答をするべきで、、</div><div><br />
<br />
</div><div>こんな風にそれぞれの世界にこうあるべき自分がいて、全部こなしたい思いで出来上がったスケジュールでした。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>ですが、全てにおいて優等生になるのは不可能でした。<br />
<br />
<br />
</div><div>基礎研究にも周りほど興味を持てずに、将来に直結しない水泳とか他のことばっかやって、そんな自分の姿が、医学研究者の素質があるようにはどうしても見えませんでした。<br />
<br />
<br />
</div><div>会話でも相手の求める返答を探っては失敗したと思うばかりで、次第に毎日どこで誰といても自分はどこか足りない人間だと思うようになりました。</div><div><br />
<br />
</div><div>このギリギリ生活を続けていたある日、ラボ同期が今後も来るなら週3以上は必須と教授に言われたと聞きました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>私も週3ノルマを課せられたら今の生活もう回らない。</div><div></div><div><br />
</div><div>あ！無理だ！！と思い、同期グルでよるねぼしました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>何人かが集まってくれて、話を聞いてくれました。<br />
<br />
</div><div></div><div><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/PIC0014B4.jpeg" alt="" /></div><div>この写真、水泳部のあたたかさが詰まってて大好きです。<br />
<br />
</div><div>そして人を集めときながら自分は解剖の勉強してるところが、最高に追い込まれてますね。<br />
<br />
</div><div></div><div>皆と話したおかげで元気が出ました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>翌日覚悟してラボにいくと、同期が本気で頑張りたいと行ったから週3ノルマになっただけで全員ではない、といわれ、スケジュールの崩壊は免れました。</div><div><br />
<br />
</div><div>ですが依然無理なスケジュールをこなし、引き換えに体調を崩すようになりました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>後半は鼻水をすすってぶるぶる震えながら解剖をしていました。<br />
<br />
<br />
</div><div>私の順調だった水泳ライフは次第に崩壊していきます。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>私は地元の先輩にもらった「目標は口に出した方がいいよ」というアドバイスを、何も考えずそのまま受け取って、色んな人に言いふらしていました。</div><div><br />
</div><div>結果、会う人みんなに「インカレ行けそうなの？」と聞かれるようになりました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>こうあるべき自分に皆のインカレへの期待に答えることが追加され、相当なプレッシャーになりました。いつしかインカレは私が行きたい目標ではなく、周りが求めるから行かないと行けないものになりました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>多分、こうなる事が分かってて、高校の時は誰にも言ってなかったのに、迂闊でした。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>なのに対照的に調子は落ちていきました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>ここでさらに不運が重なります。<br />
<br />
</div><div></div><div>解剖は前後半2回の試験で成績が決まりますが、両試験がよりにもよって関チャ、関国の翌日の1、2限でした。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>特に解剖は専門の初試験で手の抜き方もわからず、確実だったのは落とせば落単ということ。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>毎日意識的に勉強はしたものの、関チャ前日に野球部で勉強会をしたところ、自分の勉強が全然足りてないことがわかりました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>この時点でもう試合どころではなく、パニックになりながら勉強して秋葉山までいき、秋葉山でも自分の競技40分前までずっと勉強し、京大の人のレースの時だけ応援してました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>この態度にはあとで幸登さんから苦言を呈されました。でも当時の自分は追い詰められたように勉強してて水泳どころではありませんでした。<br />
<br />
<br />
</div><div>（けど実は27.16、59.40で泳いでて結構速かったです。27.16のラップ帳を見たら、当時はほぼ生涯ベストでマネさんも大喜びだった記録が残ってました。努力の成果。）<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>解剖後半も骨盤の情報量が多すぎてもう勉強が追いつかず、そのまま関国突入しました。<br />
<br />
<br />
</div><div>涼夏ちゃんに負けて、裏では中堂が連覇してて本当に悔しかったです。<br />
<br />
</div><div>でもこの年の状況で関国で完璧なパフォーマンスをするのは無理でした。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>翌日100ではギリ涼夏ちゃんを討伐できたけど、とにかく泣きながら解剖の勉強してた記憶があります。<br />
<br />
<br />
</div><div>解剖は無事一発合格しました。<br />
<br />
<br />
</div><div>その後一旦試験が落ち着き、近医水、七帝、福井県選、関カレ、全国公、西医体、魂の6週連続試合をこなしました。若いなー。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>また、対抗戦になるとラボに通う余裕がなくなってきて、<br />
<br />
一旦、インカレを切るまでは水泳に集中します！と言い残して、ラボから逃げました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>この頃から中堂がさらにのびはじめました。</div><div><br />
</div><div>モーツァルトとサリエリじゃないけど、中堂は練習でもほどよくふざけてるけど速くて、私は真面目にメニューに忠実にやっているのに調子が落ちて、不条理な差を感じました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>インカレを割れるか、涼夏ちゃんにも負けたくない、とプレッシャーがかかる中、<br />
<br />
関カレの学校紹介で注目選手が中堂になっていて、泳ぐ前から負けたような気持ちになりました。</div><div><br />
<br />
<br />
</div><div>関カレでは100Fr58秒台を人生初マークしました。</div><div><br />
</div><div>1分割りの代わりに59秒割りをかなさんに見てもらえて、めぐさんが立ち上がって喜んでて、すごく嬉しかったです。</div><div><br />
</div><div>2継で最後のインカレチャンスを逃しました。そのリレーでは桜さんあずさん廣瀬とで歴一をとることができ、桜さんを歴一に載せられたことで盛り上がっていました。でも当時の私にとっては歴代よりもインカレを割れなかったショックの方が大きかったです。潤さんが慰めに来てくれました。<br />
<br />
</div><div><a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_2254.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789115572/" alt="" /></a></div><div>若干不満そうな顔。桜さんごめんなさい</div><div><br />
</div><div>58秒台を出したのもあってMVSをいただきましたが、インカレを割れていないので、M(宮田的)ValuableSwimmerという仮MVSとなりました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>全国公では100で初の決勝進出を決めました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>1年前の憧れの舞台に立ち、関西でチャンス襲来を歌ってもらいました。<br />
<br />
<br />
</div><div>58秒台も出せて満足して終わりました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div></div><div>その後東大戦OB戦をぶっちして西医体に出場し、再び58.83を出しました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>女子から「あい西医体がんばれ！」の動画が数本届きました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>これがとっっても嬉しかったです。水泳部のあたたかさをまた嚙み締めました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div><a target="_blank" href="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/36CAA1EF-5843-4686-9D2B-1CB5F02EB47E.jpeg" title=""><img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/Img/1789115590/" alt="" /></a></div><div>わっちさんと由来のやつとかもあったのに消えました泣</div><div><br />
</div><div></div><div>夏季長で桜さんめぐさんから手紙をもらいました。そこには「絶対インカレいってね」という言葉がありました。<br />
<br />
</div><div><br />
</div><div>桜さんからインカレのことは一度も言われたことはなかったけど、最後に手紙に託してくれた期待に、絶対切れたって報告したいと思いました（これは紛れもなく私の気持ち）。2人からの手紙をリュックにいれて毎日持ち歩きました。いまやぺっちゃんこになりました。<br />
<br />
<br />
<h4 style="font-size: 14px;">STARDOMシーズン</h4><div>新シーズンの目標は、200Frがんばる。でした。アプローチを変えてみました。EN強かったし、200を頑張る過程で泳速が上がれば50のタイムも自然とあがるのではという考えでした。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>しかし、新シーズン最初のメインで肩を痛めました。</div><div>重症の怜花さんに、私の初期症状と同じだから気をつけろと言われ、泳ぐのを控えました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>また、同時に組織学実習や基礎医学の試験ラッシュがはじまりました。<br />
医学科は科目ごとに一気に授業をやって試験、一気に授業をやって試験、というシステムで、この時期は実習もありながら月に2回くらい試験もありました。<br />
しかもその1回も、学年の7割が落とされる難しい試験とかもありました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>試験直前は頭は医学モードに入って、それと肩痛が重なって、水泳からもどんどん離れていきました。<br />
<br />
<br />
</div><div>そのころ留学生のFrancesが入ってきて、良い勝負相手でしたが、私は肩が痛くて水泳から気持ちも離れていたので、ほとんど一緒に泳げませんでした。<br />
<br />
</div><div><br />
</div><div></div><div>冬季公認では直前まで棄権を検討していたレベルで、ひどいタイムでした。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>怪我って嫌ですよね、肩が痛くならないように練習を控えるのに、痛くないと、私ってサボってるのかなって気持ちになるし。<br />
<br />
<br />
</div><div>STARDOMシーズンの冬場は、100の引継ぎが1年ぶりだったから出したベスト以外は結局一つもベストがでなくて、毎回ラップ帳もベストを出せずに余白が多くて、楽しい瞬間がなくめちゃくちゃしんどかったです。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>試合後はなるべく同期会を開こうと提案していましたが、この時期は本当にメンタルがおわっててあまり声掛けしていませんでした。他の同期の変化にも全く気付く余裕なんかなくて。たしかこの時期はあんまり同期会を開いてませんでした。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>ラボでも、同期は精力的に活動をしており、研究発表を見に行って研究の面白さより自分の至らなさを実感させられる一方でした。どうしたら良いのかわからないまま教授に相談に行きました。<br />
<br />
<br />
</div><div>「今の参加頻度で次のステップに行くのは難しい、大体、インカレ割ったら集中するって言ってたけど、いつインカレ割るんですか？」と言われました。もう限界すぎて、その時教授室で大泣きしました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>先生テンパってました、本当に申し訳ないです。僕も学生時代は体育会でスポーツに明け暮れていたし、清川さんもそれでいいと思うよ、って言ってました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>また、前頭葉を研究している助教が、話を聞いて私を心配してくれました。<br />
<br />
<br />
</div><div>人間の脳は20歳くらいで大体完成するけどね、前頭葉だけは今が成長期だよ。今頑張ると前頭葉めっちゃ成長するから。色々頑張れ。と言われました。</div><div><br />
<br />
</div><div>お二人のおかげで将来の方針も少し定まりました。</div><div><br />
<br />
</div><div>年末年始は家族旅行にいき、久しぶりにありのままの姿に戻りました。<br />
<br />
</div><div></div><div>そこから京都に戻ると、またこうあるべき自分との差に苦しむ日々が始まり、落差がすごくて抑うつ状態になりました。何か悲しい出来事やきっかけがなくても勝手に涙が出るようになり、とにかく人に会いたくなくて、家の外に出れずずっと引きこもって泣いていました。<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>練習も肩が&hellip;と言って年始しばらく休みました。<br />
<br />
</div><div></div><div>授業とかも出れなくて　あ、けど試験の日はなんとか教室に行きました。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>こうあるべき理想を一つも満たせない自分自身の存在価値を次第に見いだせなくなり、生きる価値のない自分が親のお金で食って生きながらえていることに強烈な罪悪感を覚え、死にたいというか、はなから存在ごと無かったことにしたいと思っていました。</div><div></div><div><br />
</div><div>この時結構危なかったですね。</div><div></div><div><br />
</div><div>もう女子主将は廣瀬に任せて水泳部も辞めちゃおっかな、と本気で思いました。けどインカレ割れないまま逃げるのがどうしても悔しくて辞めませんでした。</div><div></div><div></div><div><br />
森田さんの外務会をきっかけに久しぶりに外出して、少しずつ練習には行けるようになりました。肩が怖くてしっかりは泳げなかったけど、たまに休んだりしながら行きました。<br />
<br />
</div><div><br />
<br />
</div><div>インカレ突破の義務感はそのまま、タイムは到底インカレからは遠かった時期で、つらくて、水泳から逃げたい気持ちもありました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>涼夏ちゃんがインカレを突破したという話が入ってきたときは、<br />
<br />
先を越された！というショックをうけましたが、<br />
<br />
試験直前だったのでウイルス覚えなきゃ...!とすぐに切り替えて耐えました。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>続いて春室で中堂がインカレ割りました。<br />
<br />
</div><div>先越されて悲しい思いもありましたが、さすがにやっぱ感動したし嬉しくて泣きました。<br />
<br />
</div><div>私は肩が痛くて決勝にすら出れなかった。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>春休みには肩痛を心配して敏腕元トレーナーのしょうさんが肩の様子を何度か見てくれました。その時、肩甲骨を動かす腕の癖をつけてもらい、腕ではなく背中で泳ぐ意識がついて、ようやく肩を傷めない動きができるようになりました。<br />
<br />
<br />
</div><div>地味にこれはブレイクスルーでしたしこれが無ければ今だに泳げていなかったかもしれません。<br />
<br />
<br />
</div><div>しょうさん、その節はありがとうございました。</div><div><br />
<br />
</div><div></div><div>また、私が消えている間フランセスと廣瀬が登山して私にお守りを買ってくれました。<br />
<br />
<br />
</div><div>幸せ夢叶う守り。また一つ頑張りたいモチベができました。<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div>春合宿はキツくてずっと寝ていた記憶しかなく、最終練習では肩が限界を迎え、きつすぎて涙を流す廣瀬を横目に自分はバイクタバタで合宿を終えました。</div></div>]]>
    </description>
    <category>最後の言葉</category>
    <link>https://ninja2.blog.shinobi.jp/%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89/%E5%BC%95%E9%80%80%E6%97%A5%E8%A8%98%E3%80%80%E6%B8%85%E5%B7%9D%E8%97%8D</link>
    <pubDate>Tue, 08 Sep 2026 17:15:10 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">ninja2.blog.shinobi.jp://entry/1222</guid>
  </item>
    <item>
    <title>9/5 ひとくぎり</title>
    <description>
    <![CDATA[こんにちは、こんばんわ、おはようございます一回生山口です。<br />
<br />
ほんとはラスト練習の日の日記担当だったんですけど、帰省やらなんやらで現在となってしまいましたすみません、、、<br />
<br />
轟シーズンだったり、裏MVSをいただいた夏季長だったり、夏休み前半の8月の思い出だったりいろいろ触れていこうと思います。<br />
<br />
とりあえず、、、9/2のメニューです。<br />
<br />
インカレ組です&darr;<br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/fe0156f4.jpeg" alt="" /> <br />
<br />
夏季長組です&darr;<br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/11248cc5.jpeg" alt="" /><br />
<br />
メニュー作成者のしゅんすけさん、中堂さん、そしてスタッフのあゆみさん、しょうこさん、たっぴさん、ひろなさん、りおさん、ほりたいちありがとうございました。<br />
<br />
そして、轟シーズン4月からメニュー作成者の中堂さん、ゆうごさん、しゅんすけさん、やまゆうさん、まきやさん、こうだいさん、ななこさん、河野さんほんとーーありがとうございました！！！<br />
<br />
また、スタッフのあゆみさん、たっぴさん、まきやさん、ひろなさん、しょうこさん、かのんさん、ふみえさん、たいきさん、りおさん（豪）、りさこさん、しばさく、めい、しみなぎ、たいちくん、ほんとーーーーにありがとうございました！！！！来シーズンもよろしくお願いします！！<br />
<br />
<br />
ラスト練習は1500と一回生＋山下さん vs 二回生＆三回生の100Baリレーやってこういうときでしか味わえない空気感を存分に楽しめました。<br />
<br />
<br />
<br />
次は夏季長についてです。<br />
自分は関国後に、専門をBaからBrにして一区切りとしてある程度の結果が残せたらなとおもいこの大会を見据えていました。そして初めに目標としていた奈島さん狩りを達成できたのですが、タイム的にはもうちょいいけたんじゃないかなと思った今大会でした。<br />
<br />
ラップはこんな感じです<br />
<br />
100Br<br />
33.53　　1:12.41 (38.88)<br />
<br />
200Br<br />
35.57　　1:17.04 (41.47)　　2:00.03 (42.99)　　2:42.53 (42.50)<br />
<br />
タイムを見てもらったらわかる通り、体力がないですね～～<br />
頑張って体力付けます。そしてもっと気持ちよく泳げるように伸びの練習をしたりとまだまだ課題は残っているので、これからの成長にぜひご注目ください！！<br />
<br />
次の目標としては、冬季公認で100も200も団権突破を目標としていこうかと思いますので、これからもななこさん、河野さん等々ご指導よろしくお願いします！！<br />
<br />
<br />
次に8月の思い出たちです。<br />
<br />
なんかあっという間でしたね<br />
<br />
あっという間すぎてあんまよく覚えてないんですけど、いろんな人と遊べてよかったです。しゅうやさん、しみゆうさん、たいちほりとのユニバが延期になってしまったが悲しいですね。絶対にいつか行きたいですね。<br />
<br />
<br />
<br />
ではけいたさんからの質問に答えていきます！！<br />
「オフ期間の楽しみ」についてですね。<br />
オフ期間は8日から21日が免許合宿でその後東京帰省です。楽しみといえば、東京で高校の友達と会うことがやっぱり楽しみですね。いろんな話をして楽しみたいと思います。<br />
<br />
次の人の質問は<br />
「轟シーズン一番の思い出は？」です。<br />
<br />
自分は遠征の時とかでいろんな人とたくさん話しできたのが印象に残ってますね<br />
<br />
最後に4回生の皆さん短い間でしたが、ほんとにありがとうございました。水泳部に入った当初は少しなじめるかななどの不安が残っていましたが、4回生の皆さんが相談に乗ってくださったり、励ましたりしてくださったりして、今は水泳部で楽しく過ごせています。ほんとにありがとうございました！！！！！！！<br />
<br />
2025-2026 轟<br />
2026-2027 ??? (成長の予感)]]>
    </description>
    <category>練習</category>
    <link>https://ninja2.blog.shinobi.jp/%E7%B7%B4%E7%BF%92/9-5%20%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%81%8F%E3%81%8E%E3%82%8A</link>
    <pubDate>Sat, 05 Sep 2026 16:30:22 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">ninja2.blog.shinobi.jp://entry/1227</guid>
  </item>
    <item>
    <title>9/1 まだ夏</title>
    <description>
    <![CDATA[こんにちは大島です<br />
<br />
<br />
今日のメニューです<br />
<br />
夏季長組<br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/6051d342.jpeg" alt="" /> <br />
<br />
インカレ組<br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/df265833.jpeg" alt="" /> <br />
<br />
メニュー作成者とスタッフのみなさんありがとうございました<br />
夏季長組はポイントスイムでした<br />
Fr、Br、Br、Brと泳いだんですが体が重すぎてタイムは悪かったです<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
夏季長にてMVSをいただきました<br />
専門で1種目ベスト、もう1種目も引継のタイムから換算したらベスト相当だろうということでいただきました<br />
<br />
<br />
メリレは、大学入ってからの初リレーだったので引継に不安があったのですが自分としてはそこそこ上手くいったかなと思います<br />
調べてみたら大会のリレーは3年3か月ぶりでした<br />
泳ぎの感覚は、可もなく不可もなくという感じでした<br />
<br />
1回生vs2回生対決は2回生チームが無事勝利を収めることができました<br />
でぐりんが速すぎてびびりました<br />
<br />
<br />
200Brの方は、アップの時からかなりキックの感覚が良かったです<br />
しかし招集に行くのが遅くなってしまい、入場して自分のレーンについてからシリコンを被る羽目になりました。いつもは早めに被るようにしてるのに<br />
そうして焦る気持ちが残ったままスタートしたので若干飛び込みをミスしたようで、右目のゴーグルに少し水が入り、その後も何度か水が入ってきました<br />
気が散りそうになりましたが泳ぎの感覚はアップの時と同じで良かったので何とか集中して泳ぎました<br />
<br />
<br />
ラップはこんな感じです<br />
<br />
100Br(引継)<br />
35.05<br />
1:14.57(39.52)<br />
<br />
200Br<br />
36.08<br />
1:17.76(41.68)<br />
2:01.50(43.74)<br />
2:45.08(43.58)<br />
<br />
200は第3ラップと第4ラップをそれぞれもう1~2秒ずつ上げれたらよかったかなーという感じです<br />
武良さんは第2~4ラップを揃える意識で泳いでいたそうなので自分もしばらくそのイメージで泳いでみようと思います<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
今シーズンを通して振り返ると、飛躍の1年ではありましたが最初に掲げた目標には届かなかったので満足はしていられません<br />
10月からはしばらく短水シーズンということで、100Brと200Brの2種目、最低でも1種目で団権切ります<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
質問に答えます<br />
「オフ期間の楽しみ」<br />
家族旅行で日光ら辺に行きます<br />
<br />
<br />
次の人への質問も同じくオフ期間の楽しみで<br />
<br />
<br />
<br />
2025-2026 轟<br />
2026-2027 品]]>
    </description>
    <category>練習</category>
    <link>https://ninja2.blog.shinobi.jp/%E7%B7%B4%E7%BF%92/9-1</link>
    <pubDate>Tue, 01 Sep 2026 10:44:50 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">ninja2.blog.shinobi.jp://entry/1226</guid>
  </item>
    <item>
    <title>8/29　　1ミリの背伸び</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>お疲れ様です、井上です</div><div>早速メニューどん<br />
<br />
インカレ組<br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/4a7bc070.jpeg" alt="" /> <br />
夏季長組<br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/a447c283.jpeg" alt="" /></div><div></div><div>　作成のマキヤさん、ななこ、スタッフのたっぴさん、ひろなさん、しょうこさん、しみなぎ、ありがとうございました。また、今日は高校生がインカレ組に混ざって練習してくださいました。勉強頑張ってぜひうちに入って頂きたいものです。危うかったらスーパー家庭教師 河野氏が教えに行ってくれることでしょう。代替わりもすんで、4回生との練習もラストと言っていい感じだったので結構寂しいです。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>　代替わりといえば対抗戦が終わりましたね。</div><div>　6月頭ぶりで日記で対抗戦に触れることはなかったのでちょっとここで書いておきまつ。<br />
<br />
</div><div>　<br />
<br />
<br />
　一年の時とは本当にかける思い、重圧は桁違いであったように感じます。ありがたいことに個人種目に加えてリレーもフル出勤させてもらえました。成績はタイムに関してはほとんどの種目でベスト、そうでなくてもそれ+0.1sくらいではまとめられて、大ベストはあまりなかったけど最低限レギュラーとしての責任は果たせたかなと思っています。順位に関しては中目標くらいは果たせたと思うけど、カンカレ全国公は大目標としていた順位には届きませんでした。テストだなんだというときに、自分に甘えが出てしまった部分もあります。先ほど最低限と言いましたが、大目標とする順位に到達するためにもっとタイムが欲しかったかなと言った感じです。特に一番悔しかったのは関国の4kです。唯一この大会ベストでなかった種目。結果論ですがここでカンカレ、全国公のタイムでこれてれば、、、と思ってしまいます。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</div><div></div><div>　それでも、ここまでチームの結果に貢献できたのはたくさん応援して、支えてくださった人や背中でずっと引っ張ってくれていたリレメンの先輩方のおかげです。自分は自分の仕事をのびのびとすることができました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
　思い返せばずっと弱音吐いてた気がするけど精一杯頑張れたのは周りの支えあってこそだったと思います。来年はもう自分が引っ張る立場なので今シーズンの経験を活かして宿題を清算しに行きまつ。</div><div></div><div></div><div></div><div>　とその前にインカレでしたね。大好きな4回生に超ウルトラ豪華な餞をするぞっっっっ</div><div></div><div></div><div></div><div></div><div>　インカレに向けても、エネルギーをチャージする必要があります。<br />
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　昨日りくたろーさんと「あの星が降る丘で君とまた出会いたい」を観ました。僕は主演の福原遥のにわかファンです。<br />
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</div><div>　映画の序盤は福原遥のかわいさと、彼女が自分の高校時代の担任であったらという幻想に脳が支配されていたものの、次第に物語に引き込まれていき、席を立つ時には胸が一杯でありました。</div><div></div><div>　<br />
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　そして会場から出ようとした時、ある看板が目に入りました。</div><div></div><div>　<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/30f594f9.png" alt="" />&nbsp;　キャッチフレーズが京大水泳部にぴったりですね！！！！誰か一緒に観に行きましょう！！！</div><div></div><div>　<br />
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　気を取り直して、この物語は純愛物でしたので、愛を確かめ合うような会話があるのですが、そういうところでキュンキュンするのは、物語としてキュンキュンしているのか、主人公に自分を憑依させて、福原遥とそのようなことになっていることを想像してのことなのか、はたまたそのようなシーンを（本などにおいても）みたときに発生するなんとも言えぬ気恥ずかしさを、それと勘違いしているのか。例えば、キムタクがドラマで自分が生涯口にすることはないであろう粋な台詞を発したときも同じように感じますが、当然、それは自分に言われたことを想像してのものではないと信じてはいますけれども、それではその胸のざわめきの正体はなんなのでしょうか。果たして自分ごとのものか、その状態を客観視して、その事象自身にたいして感じているということなのか。うーん、むずかしい。</div><div></div><div>　<br />
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　恋愛ものにおいて、男の人が自分の好きな俳優だったパターンと、女の人がそうであったパターンとを両方見てみて、そんなことを黙々と考えておりました。要するに暇人ということです。</div><div></div><div>　<br />
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　入試や水泳の大会など、極度の緊張感やしんどくてもなんとか切り替えたり落ち着きを払ったりせねばならない状況を幾度も重ねるうちに、無意識に自分の心体の状態、変化に関してその原因やそれ自身を言語で表して安心させようとする癖がついてしまったのですが、それが心の緊急時だけではなく、上記のような日常生活のふとした瞬間に、上と比較して言うならばどうでもいい事象に対しても発揮されてしまうのは良し悪しは別として、どうにも生きづらいと感じてしまいます。そして、そういうときに限って言語化できたと思ったら反例がすぐに浮かんできて、それを潰せるように再構築しようとするといった調子で、更に霧が深くなっていくように思われます。良い方に捉えれば、ナイスな暇つぶし。</div><div></div><div></div><div>　<br />
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　後期からはこんな暇つぶしをする時間も、頭に入り込んでくる隙間もないような日々が待っていそうです。来季の時間割がすでに確定しましたが、今期が木３，４以外暇だったのが信じられないほどしんどいものでした。さくたろー、今度時間割を見せてやろう。これが電電だぞ、、、今ならまだ間に合う、、、、、。間に合わせるには今だぞ、、、、さもないと先輩方と同じｍ、、、、、。<br />
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　加えて、nf、免許、引っ越し準備などなど。さっきのような時間が恋しくもなってしまうのかなぁ。今のうちにそんな暇を満喫しておこうと思います。オフ期間は何も考えずに遊んだりリラックスして、来シーズンに備えたいと思っています。</div><div></div><div>　<br />
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　高校生まではオフと言ったらみんなでバカ騒ぎすることでしたが、最近になってリラックスの割合が増えて、スッカマでいう炭酸湯、立ち湯くらいの人肌ちょい上くらいの温度感でじっくり体温が上がってく感じのものの良さに気づき始めました。脱・ドパガキの成果かなぁ。<br />
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</div><div>　例えば、先日のスッカマテーパーではついに県民不在の中、奈良に突入致しましたが、思い思いのナラを満喫して健全な時間に帰宅することに成功しました。平城山と書いて「ならやま」と読むらしいですね。ひらがなで「ならやま」が入る地名が多いのはこれが普通は読めないからなのかな。また一つ知識が増えてしまいました。<br />
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　ドパ状態の時は日常の刺激に対して鈍くなっているから、日々の楽しさを感じる力が弱いけど、それを脱すると、よりそういった些細なことを感じやすくなる、と考えるのは少し傲慢な気がしますが、まぁとにかくイイカンジです。</div><div>　<br />
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　こう言った意味で、晩年は南国に移住したいなとなんとなく思っています。宮崎がめっちゃ良かったのも要因の一つなのかな。海外でもいいけど、その辺のこだわりはないし、言語覚えるの苦手だから沖縄とか結構理想かも。時間がゆっくり流れてる感じがすごい好きです。</div><div></div><div></div><div></div><div><br />
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ということで、質問はオフ期間の楽しみは？にします。</div><div></div><div><br />
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ではでは<br />
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あっ、、、、<br />
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GO!京大!<br />
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2025-2026 轟<br />
2026-2027 社長ドロップス</div>]]>
    </description>
    <category>練習</category>
    <link>https://ninja2.blog.shinobi.jp/%E7%B7%B4%E7%BF%92/8-29%E3%80%80%E3%80%801%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%81%AE%E8%83%8C%E4%BC%B8%E3%81%B3</link>
    <pubDate>Sat, 29 Aug 2026 17:09:38 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">ninja2.blog.shinobi.jp://entry/1220</guid>
  </item>
    <item>
    <title>引退日記　真弓竜飛</title>
    <description>
    <![CDATA[本当は8月16日の担当だったのですが、院試が崖っぷちすぎたため22日に延期してもらいました。そこからさらに遅延して今日になってしまいました。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
院試の例年の足切りは5割、僕の体感はMAX3割です。<br />
&nbsp;<br />
2日目の面接、筆記試験の手応えを全ての大問について説明させられ、同じ研究室の同期は<br />
「どんな研究をしたいか」「博士課程は考えているか」<br />
を聞かれている中ぼくは、<br />
「原因は準備不足か」「後期は勉強時間を確保できるか」<br />
と聞かれました。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
来シーズンもよろしくお願いいたします（OBポイント大借金）<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
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お疲れ様です。次期B5の真弓です。<br />
&nbsp;<br />
まあ合格発表はまだなので、<br />
【奇跡1】ミスなくMAXの3割とれてる<br />
&amp;<br />
【奇跡2】難化しすぎて足切りラインが3割まで落ちる<br />
&amp;<br />
【奇跡3】下駄を履かせてもらう<br />
が同時に起きていれば受かってるかもです。<br />
&nbsp;<br />
あと、もし枠が空いていれば2月の二期募集も受けられるかもしれません。（後期勉強時間確保できるか聞かれたのはこれだと思います）<br />
&nbsp;<br />
まあ乞うご期待<br />
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という導入だったんですけど、引退日記遅延しすぎて合格発表を迎えてしまいました。<br />
無事合格しました。お騒がせしてすみませんでした。<br />
絶対に落ちたと本気で思ってました。みなさん地環を受けましょう。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
さて、いよいよ引退日記を書く時が来てしまいました。<br />
&nbsp;<br />
あっという間だったなとも感じますが、最後の方は結構長かった気がします。名残惜しい気持ちと、やっと終わった安心感が同時に来てます。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
〈はじめてのぷーる〉<br />
小学生のとき、家から歩いて5分のところに「茅ヶ崎市営浜須賀水泳プール」通称はまぷーがありました。<br />
母親が高校で水泳をやっていたこともあり、小学2年生の時に25mクロールを泳げたらゲームかなんか（もう忘れたけど）を買ってもらうという契約により25mはなんとか泳げるようになりました。<br />
報酬を手に入れてからは、真面目に練習することもなく、ひたすら友達とスイカのビーチボールで遊んでるだけでした。<br />
小3のときにYMCAの3日間のスイミングプログラムみたいなやつに行った記憶もあります。<br />
三重の関中学校はプールがなかったので授業もなく、帰宅部だったので即帰して荒野行動をする毎日でした。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
〈津高校時代〉<br />
このとおり、小学校の授業と市民プール以外でほとんど水泳経験がなく、小中で運動もしていなかったのですが、自粛期間が終わって高1の6月の部結成当日、気づいたら水泳部に入っていました。<br />
毎日毎日水泳部の練習で体力が持っていかれ、授業もまともに受けられず泣きそうでしたが、8月？の人生初レースで33秒で褒めてもらったのが印象的です。顧問の先生史上一番驚いてた気がします。<br />
練習でも、大会でも、最初に全部出し切ってしまって2本目からガタ落ちするのでずっと半フリでした。半フリはまあまあ順調に伸びていった記憶があります。<br />
2年生からは、バックの人手不足で1バックを泳がされましたが、全然伸びず、ラストは長水14秒とかだったと思います。バックは進む感覚が全くわかりません。<br />
&nbsp;<br />
引退した時のタイムをメモに残していたので載せておきます。<br />
・4継<br />
1&rsquo;01"35(長水、引き継ぎ)<br />
・50mFr<br />
27"67(長水)<br />
27"10(短水)<br />
・100mBa<br />
1'14"00(長水)<br />
&nbsp;<br />
自分なりにタイムには納得して、ここまで頑張ってきたと、誇らしく引退しました。めっちゃがんばったし。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
あと高校で外せないのはやっぱり幸登くんとの出会いですかね。<br />
詳しくは合格体験記で書いたと思いますが、幸登くんに憧れて京大を目指し、幸登くんに誘われて京大水泳部に入りました。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
〈青炎〉<br />
高校での練習がトラウマすぎて、大学でもあれをやってたら水泳しかできんくなると思い、選手はやりませんでした。<br />
練習は嫌だけど、水泳は好きだし、幸登くんに誘われたことや、「体育会は就職に強い！」とか、「トレーナーが発足したてホヤホヤで今アツい！」みたいな勧誘を受け、単純な僕は入部を即決しました。<br />
&nbsp;<br />
大学入学後、「せっかく入った大学生活、やりたいこと全部やりたい！！！」とキラキラ全面で、ダイビングサークルにも脳死で入り、水泳部にも入り、学科の友達と遊びに行ったり、サークルの先輩たちとかもちるしたり、全身全霊で大学生をやっていました。<br />
楽しかったけど、体力的に追いつかなくて、水泳部にもあまりいなかった気がしますね。<br />
&nbsp;<br />
その時は、自分から選手に関わりに行こうという考え方もなく、対抗戦という勢いにも入り込めず、なんとなくみんなといる時間を楽しんでいるだけでした。<br />
関カレの1部2部3部の仕組みとか、そういう話もあんましてなかったし、全然知らなかったです当時。<br />
&nbsp;<br />
それはそれで楽しかったですけどね。<br />
&nbsp;<br />
まあでも、全国公終わる頃にはだいぶ対抗戦というものの捉え方が変わっていた気はします。全国公のトレーナーご飯で熱い話をしたのが印象的です。チームのために、選手のためにという気持ちが芽生え始めたのはこの辺な気がします。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
青炎シーズンは七帝もでました。<br />
幸登くんにメニューを作ってもらって、吐くくらい頑張ったのに、直前にコロって本番は28.2でした。「27秒計画」というタイトルで、1ヶ月弱毎日メニュー組んでもらって土砂降りでも頑張って泳いだのに、全然タイムでなくて割と落ち込みました。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
あと青炎シーズンは名前がとても好きです。<br />
かなさん発案だそうです。さすがです<br />
【以下、かなさんのノートのコメントより引用】<br />
<span style="color: #808080;">1. 青炎</span><br />
<span style="color: #808080;">2. 青い炎は高温かつ安定していることから、あらゆる場面において冷静でいながらも心を燃やして頑張ってほしいという意味を込めました。あと京大水泳部のチームカラーである「青」に関する言葉がいいなと思い、この言葉を選びました。</span><br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
青炎シーズンベストショットはこれです。全てはここから始まりました。<br />
&nbsp;<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/76f758a2.jpeg" alt="" /> <br />
&nbsp;<br />
全国公おわりのこれも好き<br />
&nbsp;<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/9ac02dfc.jpeg" alt="" /> <br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
〈総乱舞〉<br />
総乱舞シーズンは転換期です。<br />
&nbsp;<br />
新潟全国公が終わった後はブリーチをして青染めし、久米島で夏を満喫しました。そこからダイビングにゾッコンになり、後期も水泳部のことはやりつつ、2月に1ヶ月間ダイビング住み込みでダイビングのバイトをしたり、合宿に行ったりしてました。こんな調子で水泳部にあまりおらず、モチベーションも下がっていました。<br />
&nbsp;<br />
新歓隊長に任命されていたので、2月から新歓も進め、沖縄から遠隔で指示なども出したりしてましたが、自分主導で何かを進める経験も初めてで上手く指示も出せず、<br />
「なんで協力もしてくれない選手のために、スタッフである自分が新歓やらなあかんの？」<br />
とかいうしょうもない思考でした。当時は、泳ぐ選手が主役で、ただスタッフはそのサポートをしてあげてる、くらいの認識だったんだと思います。新入生いなくても困るのは選手やんって。<br />
&nbsp;<br />
3月時点では新歓終わったら辞めるか休部するつもりでした。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
3月末の合宿が好転期だったと思います。<br />
理由はプラス面もマイナス面もいろいろありますが、<br />
・合宿で他のスタッフの練習への取り組み方を知ったこと<br />
・スタッフも一体となった練習の雰囲気<br />
・スタッフの休部や実習が重なって、自分が休部してる場合じゃなくなったこと<br />
あたりですかね。<br />
&nbsp;<br />
4月の練習は、平日の練習に入れるスタッフが5人しかいなくて、僕もあーしんどいなってなってる時、ゆきかさんとりこさんが5人のグループ作ってくれて、「みんなでがんばろう！」って内容（もっと内容は濃かったですよ！！！）の長文送ってくれました。<br />
新歓もあって、人数も少なくて、シンプルにモチベもない中で、このLINEも僕が水泳部を続ける大きな理由のひとつになりました。<br />
みんなもしんどくて、入部して1年も経ってないのに練習回さなきゃいけなくて上手くできるか不安なはずなのに、それでも僕の心配までしてくれて、最初の水泳部を頑張りたいというモチベーションは、一緒に頑張るスタッフのためだったと思います。<br />
&nbsp;<br />
あとあの時、大月が怪我しててスタッフやってくれてて、望まない形だったと思うし申し訳ないけど、本当に全員大助かりしてました。本当にありがとう。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
2回生になって、後輩トレーナーたちが入ってきたのも心変わりの要因のひとつでした。<br />
後輩たちは4人とも僕より水泳経験が豊富で、より真面目で、より頼もしくて、いつまでも後輩やってられないなとやる気が出てきました。<br />
りくたろうとか、僕に憧れて入りましたとか言ってくれて、一層先輩らしくありたいという気持ちが強まりました。<br />
&nbsp;<br />
それまではトレーナーの勉強も勉強会のための勉強という感じでしたが、24で解剖学や運動学の勉強をしたり、リールやYouTubeで解剖やストレッチの施術の動画を積極的にみたりするようにもなりました。（引退したらフォロー外すと思うので、もし見てたアカウント知りたい人いたら教えてください。）<br />
2回生の夏休みには外部の解剖学の講義に行ったりもしました。大人の人たちと、身体にマッキーで筋肉書きました。<br />
&nbsp;<br />
同期もちょっとずつ自分を頼ってくれるようになり、自分を頼ってくれる選手をできるだけサポートしたいと思うようになりました。<br />
今までみたいに、最低限のトレーナーの仕事をやるのではなく、選手のためにできることをできるだけやろうという気持ちで大会に臨み、選手のタイムや練習の取り組み方を気にするようになったのもこの頃からでした。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
そんなこんなで割とモチベーションも高く対抗戦を迎えました。<br />
この時の対抗戦もいろいろありましたが、一番はじゅんさんたちがインカレに行けなかったのが心の底から悔しくて、スタッフという立場で選手と一緒にインカレに行きたいって明確に感じるようになったことです。<br />
&nbsp;<br />
あと、しょうさんたちの代が引退してしまうという現実が、徐々に強くなってきて不安も大きかったです。<br />
もっとトレーナーとして成長して、わちさんとあいさんと3人で、あの代がやってきたことをやらなきゃっていう焦りがありました。<br />
&nbsp;<br />
そんな感じでこのシーズンは総乱舞シーズンを終えました。<br />
&nbsp;<br />
ちなみに、サークルの方はどんどん関わりが少なくなっていきました。週一の例会と合宿は最低限参加してましたが、有志で行くツアーなどは金銭的にもこのシーズンくらいまででした。サークルにもよりますが、体育会とサークルと両立は厳しかったなって思います。<br />
僕は特に要領も悪いし、キャパも少ないので、すぐ身体とか精神にガタがきて、しんどくなることが多かったですね。<br />
サークルでは1回生のころは圧倒的フッ軽だったので、徐々にイベント参加率が減っていって、色々言われるのが結構鬱でした。<br />
&nbsp;<br />
初期のトレーナーミーティング<br />
<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_0326.jpeg" alt="" /> <br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
〈STARDOM〉<br />
2回後期は特に変わらず同じモチベーションで水泳部を続けていました。<br />
&nbsp;<br />
しょうさんたちがいなくなって、上回トレーナーがわちさんと自分とあいさんの3人になって不安だったけど、8、9月、3人でドライのこととか話すの、個人的には結構楽しかったです。<br />
しょうさんたちがやってたことを自分たちがやってるんだっていう感覚。<br />
&nbsp;<br />
トレーナーの勉強も順調に積み上げて、一個上の代が頼ってくれることも増えていってすごく楽しかったです。合宿くらいを境にかんしんさんがよく頼ってくれるようになったのが個人的にはすごく嬉しかったですね。<br />
&nbsp;<br />
サークルも、運営代になって平部員の僕は少し楽になったり、モルディブに行ったりもしました。スタッフのみなさんにはご迷惑をおかけしてすみませんでした。中堂くんがインカレ切った時、僕は船の上で速報で見ました。ごめんね。<br />
&nbsp;<br />
今思えばSTARDOMシーズン始まりから3月くらいまでが、いちばん上振れていたかもしれません。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
3回前期は授業が始まり、2回生とは授業の数も、初めての実験もあり、要領の悪い僕は例によってキャパってました。<br />
みんなからしたら別に大したことなくて、上手くできない自分にイライラしてやる気なくなって、連絡全部無視って家に引きこもってたりもしました。<br />
新歓お疲れ様会で堀さんとしょうことかずきと4人で紙飛行機を飛ばしたのを鮮明に覚えています。（さすもう時効ですよね）<br />
シーズン始まる前、わっちさんと協力して、頑張っていこうって思ってたけど、結果的にわっちさんに迷惑かけてばっかりだったなと感じます。<br />
&nbsp;<br />
まあそんな中でも水泳部第一で頑張ってきて、対抗戦シーズンではさらに水泳部にどっぷり浸かっていきました。<br />
&nbsp;<br />
全ての対抗戦が忘れられないです。<br />
関国おわりにあゆみと真喜屋としょうこと4人で感情ぐっちゃぐちゃになって大号泣したのがいい思い出ですね。（あゆみは大号泣してる僕ら3人を見て涙引っ込んだらしいですが）<br />
関カレは言わずもがな。<br />
全国公も泣かないって決めてたのに、最後ごしさんと喋ってたら気付いたら号泣してました。こう思ったらだいぶ泣きすぎてますが、それだけ全力だったと思うことにします。決して泣き虫なわけではないです。<br />
&nbsp;<br />
コンディショニングでも自分なりに考えて選手の助けになれることが増えたり、施術の幅が広がっていくのを実感して楽しかったです。インカレでは松本恭太郎のコンディショニングもさせていただいて、貴重すぎる経験でした。（その後のブレで3位だった時は震えました。ミスって痛めたりとかしなくて本当によかった。）<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
また次期幹部としての覚悟も徐々についてきました。<br />
なんせゆうごが1月とかから動いてくれてて、心の準備をするには十分でした。トレーナーチームをどう作っていけばいいか、どんなチームにしたら京大水泳部が強くなれるか、たくさん考えました。結局答えは出なかったけど、無意味ではなかったんじゃないかと思ってます。<br />
&nbsp;<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_1222.jpeg" alt="" /> <br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
〈轟〉<br />
そうしている間にあっという間に轟シーズンがやってきました。<br />
ラストシーズン、全部書いてたらキリがないので、足りない人は飲みでもいって語り合いましょう<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
まず、熟考の末の一旦の結論は次のような感じでした。<br />
&nbsp;<br />
【以下<a href="https://ninja2.blog.shinobi.jp/%E7%B7%B4%E7%BF%92/10-6%20%E6%9C%9D%E8%B5%B7%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%81%AE%E8%BE%9B%E3%81%84%E6%AF%8E%E6%97%A53%E5%BA%A6%E5%AF%9D%E3%81%8F%E3%82%89%E3%81%84%E3%81%97%E3%81%A6%E3%82%8B%E3%81%BF%E3%82%93%E3%81%AA" title="" target="_blank">チーフトレーナー就任日記</a>より引用】<br />
<span style="color: #808080;">「京大水泳部ひとりひとりを加速させるトレーナーチームを作る」</span><br />
<span style="color: #808080;">という目標を掲げました。</span><br />
<span style="color: #808080;">まず、チーフトレーナーとしてトレーナーチームを主導するのが僕の大きな役割の一つなんですけど、</span><br />
<span style="color: #808080;">正直、トレーナーはこうあるべきとか、こういうトレーナーが一番いいとかいう「トレーナーの理想像」が僕自身の中にもあんま明確にないんですよね。</span><br />
<span style="color: #808080;">トレーナーチームが発足されて、まだ2年半だからというのもある気がします。</span><br />
<span style="color: #808080;">&nbsp;</span><br />
<span style="color: #808080;">物事の良い悪いって、ある一つの考え方/やり方があって、それがある人のある目的にとって、良く働くか悪く働くかだと思っているので、正解を一つに決めるのがすごく苦手です。</span><br />
<span style="color: #808080;">あるやり方が正解だと思って他の人を矯正した結果、それが他の人にとっての正解ではなかったとなってしまうのが嫌です。</span><br />
<span style="color: #808080;">(こういう考え方をすることも、他の人にとっては正解じゃないという人もいると思いますが)</span><br />
<span style="color: #808080;">&nbsp;</span><br />
<span style="color: #808080;">なんか迷走してきた。</span><br />
<span style="color: #808080;">&nbsp;</span><br />
<span style="color: #808080;">まあだから、何が言いたいかというと、選手もマネさんもトレーナーもみんな、自分の正解だと思うやり方で進んでいって欲しいなってことですね。</span><br />
<span style="color: #808080;">僕はその人が信じてるそれを信じて加速させてあげたいみたいな感じです。</span><br />
<span style="color: #808080;">信じているやり方がないのであれば、その人が信じられる方法というのを、全力で一緒に模索したいです。</span><br />
<span style="color: #808080;">ゆうごが引っ張ってくれるなら、僕は後ろから支えて押す人になりたいです。</span><br />
<span style="color: #808080;">懸垂の補助する感じ。</span><br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
強く意識してたわけではないですが、振り返ってみると、1年間ずっとこれをベースに取り組んできたと思います。<br />
悪く言えば、人に叱れないのは弱いとか、八方美人とか、いろいろ言われるとおり、僕はあまり自分の意見に自信がないので、「これが正解だよ」って言って違う方向に導いてしまうのが怖かったんだと思います。<br />
相談に乗る時も、その人が後悔しないように、状況を整理させて、選択肢を明確にして、自分で選べるようにと考えていました。<br />
&nbsp;<br />
ただ、この一年で、ただがむしゃらに選択肢を広げればいいわけじゃないってことも学びました。知識を多く持っていれば持っているほど、最適な選択をできるって思っていましたが、そんなことはありませんでした。<br />
ただ選択肢を与えて、自分で選ばせるだけというのは、あまりに身勝手だったなと今になって感じます。<br />
もうだいぶ染み付いてしまったので今から矯正できるかはわかりませんが、今後はもっと自分の言葉に責任を持てるようになっていきたいです。<br />
&nbsp;<br />
また迷走してきた。<br />
&nbsp;<br />
こんなことを考えながら1年間過ごしてきました。<br />
&nbsp;<br />
軽く1年間振り返ってみます。<br />
・10月<br />
シーズンが始まりは体制も安定していない中、その他事象がいろいろ重なり、だいぶしんどかった記憶があります。シーズン始まって、いきなりで頭おかしくなりそうだった。ころころは特に先輩方とご飯に行くことが多くて、いろいろな知見をいただきました。<br />
・11月<br />
だいぶ余裕できてました。りさこも入ってきてくれてはっぴーはっぴー。この頃くらいから後輩と過ごす時間が増えていった気がします。<br />
・12月<br />
あべのハルカス懐かしい。今年はしゅんすけとゆうせいとりさこの3人で行くそうです。<br />
草津合宿大変だったけど、組み分けとかタイムやってくれてたみんなに比べたらそんなだと思う。余裕が無くならないように意識してました。<br />
・1月<br />
テスト&amp;バイト。散歩面が発足しました。そういえば突発プチラーメグは1/22でした（toゆうせい）<br />
・2月<br />
朝も昼も夜も水泳部の人といた気がします。空いてる時間は全部バイトしてました。初めて京都でほとんどの時間を過ごした長期休みでした。<br />
・3月<br />
プチオフの（部分）同期旅行楽しかったけど、花粉がしんどかった記憶の方が強い。インフルかかったり合宿準備に追われてたりでなんだかんだ余裕なかったですね。新歓も。<br />
・4月<br />
新歓がんばりました。運営ではなく、メインで勧誘する側は新鮮でした。あとビーリアル見返してましたが、ほぼ全部水泳部の人と映ってました。<br />
・5月<br />
初めはこれまでで一番ダラダラ過ごしてました。一生部室にいました。<br />
最後の方はTOEICで頭いんでました。<br />
・6月<br />
対抗戦が近付いてきて、TOEICも死にそうでいっぱいいっぱい。<br />
・7月<br />
水泳部&amp;バイト三昧。関国終わってから関カレまで本当に一瞬でした。<br />
・8月<br />
代替わり！院試死亡！（生きた）<br />
全国公は一生忘れられないだろうなあ。<br />
&nbsp;<br />
対抗戦は全部が全部最高だったとは言えないけど、トレーナーとしてこれまで一生懸命やってきて、積み上げてきたものを発揮することはできたのかなと思います。トレーナーとして、スタッフとして、京大水泳部部員として、ああしとけばよかった、こうしとけばよかった、みたいな後悔はほとんどないですね。<br />
あるとすれば、トレーナー教育かもです。<br />
トレーナー教育については、どうしたら覚えやすいか、どうしたら不可を少なく身につけられるかとかいろいろ考えたけど、結局ちゃんと制度化できなくて申し訳なく思っています。<br />
&nbsp;<br />
ラストシーズンは後輩たちとも沢山の時間を過ごしました。<br />
この一年だけで、もちろんご飯も死ぬほど行ったし、練習後とか、部室とか、ボウリングしたり散歩したりサウナ行ったりスタバ行ったり、思い出がたくさんすぎて、全部幸せな時間でした。<br />
ゆうせいのメンケアもたくさんしました（書いて欲しいとの要望があったので）。<br />
ゆうせいまきやあたりには本当にお世話になりましたね。いっとき7食くらい連続でご飯食べてる時なかった？笑<br />
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多方面から避難されましたが、散歩面もかなりお世話になりました。ダラダラ喋ってる時間が癒しでした。老害でごめん。<br />
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僕はもちろん水泳も好きでしたが、それよりも水泳部のみんなが好きだからここまでやって来れたんだと思います。いろんな性格やいろんな思想、いろんな状況の人がいて、僕の知らない世界を沢山教えてくれました。<br />
特に部活経験だけの身としては、クラブ出身の人の水泳に対する考え方とか、取り組み方が新鮮で、色々な面で勉強になりました。<br />
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多種多様な人がいることが京大水泳部の大きな魅力の一つだと思うので、自分の目標に進みつつ、自分の周りの人たちを見ることも大事にして欲しいなと思います。<br />
僕自身は苦手だったので特にそう感じています。<br />
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&nbsp;<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_0330.jpeg" alt="" /> <br />
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〈トレーナーについて〉<br />
メッセージで書こうとも思ったのですが、トレーナーじゃない人も読んでくれたら嬉しいなと思い、分けて書くことにします。<br />
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・トレーナー方針について<br />
2023年2月にトレーナーが発足してから同年5月にトレーナーとして入部し、ここまでトレーナーをやってきて、役割が曖昧だったり、シーズンによって関わり方がいろいろ変わってきましたが、僕の中では、トレーナーの役割は、<br />
1. 怪我の対応<br />
2.レースでのパフォーマンスの向上<br />
3.疲労の軽減<br />
を大きな3軸として考えてきました。もちろん、それぞれが独立しているわけではないですが、今やってる活動はいずれかの目的のための活動でした。<br />
年度や状況、スタッフの人数など、いろいろな場合がありますが、これらの目的が明確にあれば、潤さんがトレーナーという役職を作ってくれた目的から、大きくズレることはないのかなと考えていました。<br />
ただこれにこだわって欲しいわけではないので、僕がこう考えて取り組んできたってことを知っていてもらえれば、あとはその上でよりチームが強くなるために、トレーナーがどうあればいいのか考えてもらえたら嬉しいです。<br />
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あとこれも大事ですが、みんながみんな同じことをできる必要はなくて、3軸を持った上で、各トレーナーが自分の興味なり需要なりに合わせてできることを増やしていくことで、「トレーナーチーム」として対応できる範囲が広がって、いいチームになっていくと思います。まああんま深いこと考えずに、これ面白そうだなとか、これできたらいいなーみたいに思ったことを自分なりに学んでいくのが一番だと考えています。<br />
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・トレーナーとしての関わり方<br />
僕は将来なんか役立つかも、水泳経験あるしトレーナーとして入部すればなんか役に立てるかも、くらいの軽い気持ちで入部しました。けど、結局一番楽しかったのは、選手一人一人に向き合って、誰が何を目標としていて、どんな思いで練習に取り組んでいて、今どのくらいのタイムで泳いでいるかを知って、レースではその選手と同じくらいの気持ちで緊張して、喜んで、選手と一緒に取り組んでる一体感を感じる時でした。<br />
それが当たり前だと感じる人もいると思いますが、少なくとも僕にとっては、「選手のことを知る」というのは努力の範疇でした。高校も自分のタイムのことしか気にしてなかったし、人のことに興味を持つことが苦手です。（今でも誰かが髪を切ったとか新しい服を着てるとか全く気付けません涙涙）<br />
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自分のパートの人についてテストみたいなことをしたり、声掛けをあらかじめ考えておいたりもしました。話しかける前に怪我の遍歴を確認したりもしました。<br />
大変だと思う時も多かったけど、この努力があったからこそ、この楽しさを知れたのかなと思います。<br />
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もし、「なんで水泳部いるんだろ」とか、「なんのために頑張ってるんだろ」とかモチベーションに悩んだりしたら、最初から全選手について完璧に知るというのは大変ですが、自分のパートの人やコンディショニングした人など、周りの人からちょっとずつ知る努力をしてみることで、今までとは違った楽しみが出てきたりすることもあるんじゃないかなと思います。<br />
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・勉強について（後輩トレーナーへ）<br />
勉強のし始めは、筋肉の名前も起始停止の場所もわけわからんし、ポジションによって作用変わるし、水泳の動作見ても全然どんな動きしてるか説明できやんし、全体像わかってきても覚えること多すぎて絶望するし、本当に気が遠くなるけど、地道に一個一個積み上げてったら、いつか「あ、ちょっと自分わかってるかも！」って段階がくるはず！<br />
僕が3年半続けて一番大事だと感じたのは<br />
「座学で筋肉を知る（起始停止を確認）&rarr;選手や自分の身体を見て場所をイメージする&rarr;座学でもう一度復習する（作用を確認）&rarr;身体を動かしてみたりして、筋肉の場所と収縮してるイメージをつける&rarr;座学で復習&rarr;&hellip;」<br />
みたいな感じで、座学&rarr;実技&rarr;座学&rarr;実技&rarr;&hellip;<br />
をたくさん繰り返すことだと思います。一気に筋肉を勉強して、さあ実際に身体見てみましょう！ってやっても全然わからないし嫌になるだけなので、勉強して実際に見て、をひとつひとつ積み上げるのがいちばんの近道だと思います。<br />
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あと、自分で考察するのもとても勉強になると思います。誰かが肩痛いって言った時に、自分の限界まで調べて、仮説を持った状態で先輩とかに聞いてみると、シンプルに調べる時にも知識が定着するし、仮説を持った状態で先輩の意見を聞けば、自分が何を見落としていたのかが明らかになりやすいです。<br />
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とはいえ僕も、しょうさんたちの足元にも及ばないなと日々痛感していましたが、たまに選手の助けになるくらいにはなれたと思うので、みんなもきっと大丈夫です。<br />
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〈メッセージ〉<br />
・先輩方へ<br />
本当にお世話になりました。<br />
何度もご飯に連れていってもらって、何度も相談に乗ってもらって、何度も助けていただきました。しんどい時やっぱり一番弱音を吐けるのは、同期でも後輩でもなく先輩で、何度も頼って、たくさん助言をいただき、たくさん影響を受けました。<br />
先輩方が受け継いで作り上げてきたこの水泳部だからこそ、最後まで全力で楽しんで水泳部にいられました。<br />
インカレ終わって引退したらいっぱいよしよししてください。<br />
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・同期へ<br />
3年半ありがとうございました。<br />
この代だったからこそ、ここまで頑張れたし、こんなに楽しく水泳部を続けられました。まじで大好き<br />
1回生のころからコンディショニングで頼ってくれて自信にもつながったし、出現率が低くても輪に入れてくれて嬉しかったです。ぐだぐだな回生旅行も気楽で心地よくて楽しかった。たまにはまたみんなで集まりましょう。<br />
NFは受付がんばります。<br />
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・りーだーずへ<br />
割と動き始めたのは2回の1月ごろからかな？長い間本当にお世話になりました。幹部がこの5人で本当に良かった。話し合わないといけないことが多かったのは大変だったけど、幹部で集まる時間が大好きやったし、会議を楽しみにしてたりもしました。話し合いが盛り上がることもあったり、しんどいこともあったけど、いい感じにバランスが取れてたんじゃないかなと思ってます。会議中にあいと脱線しちゃうことがあったのはごめん。<br />
幹部旅行が楽しみすぎます。飲みまくるぞー。<br />
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ちなみに中堂は「このグループ名はなんとかせなあかんなあ」って言ってました<br />
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・あゆみへ<br />
同期スタッフが一人しかいないので唯一の個人宛になります。<br />
1年間まじで頑張ってきたなあ。本当にここまでやりきれて良かった。多分一人だったらどっかで気持ち切れてたし、あゆみがいたからこそここまで頑張れた。責任感負いすぎなところはあるけど、その姿見て自分ももっと頑張ろうと思えた。しんどい時に一緒に飲んでくれたのも救われました。<br />
水泳部に入ってくれてありがとう、最後まで一緒に頑張ってくれてありがとう。<br />
インカレまでやり切って気持ちよく引退しましょう。<br />
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・後輩スタッフへ<br />
みんな個性派の後輩たちで、これまで一緒にスタッフができて本当に良かったです！<br />
みんなすごいって褒めてくれるし、もう一年いますよねって言ってくれるのが本当に嬉しかったです。けど僕がみんなの回生のときより、みんなの方が何倍も仕事もできるし選手のこともわかってるから、もっともっとすごいトレーナーチームマネージャーチームになってくんだろうなあって今から楽しみで仕方ないです。<br />
悩んだり大変なことがあったら飛んでいくのでいつでも呼んでください！とにかく楽しんで！<br />
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・後輩トレーナーへ<br />
トレーナーに伝えたいことは〈トレーナーについて〉になるべく書いたつもりです。僕自信はトレーナーとしてのスタートラインに立てたのが遅かったなと感じてるし、みんなならもっともっといいトレーナーになれるはず。正直心配は一切してないけど、とりあえず楽しんでやっとけば間違いないです！<br />
またボウリング大会開催しましょう。真喜屋vsその他で。<br />
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・後輩選手へ<br />
沢山遊んでくれて、沢山話してくれて、沢山頼ってくれて、本当にありがとう。数々の老害ムーブを受け入れてくれて本当にありがとう。毎日コンディショニングを頼んでくれるのが自身につながっていたし、頼ってくれるのが部活を頑張る理由になっていました。引退しても、たまには遊んでくれたら嬉しいです。<br />
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・ミドロンへ<br />
ミドロンのゆったりとした空気が好きでした。勢いがあって怖い人がいないので居心地が良かったです。4回生が一気に抜けて勢力がだいぶ厳しいかも知れないけど、ミドロンとしての誇りを持ち続けてこれからも頑張ってください。またいつか川根宅でたこ焼きやろう<br />
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・Fly・Ba・IM面へ<br />
大月は急にお願いしたパートリーダーを快く引き受けてくれてありがとう。大月率いるバッタバックコンメ面は、みんな大月のことが大好きでしたよ。よくみんなのことを見てるなあっていつも感心してました。<br />
後輩たちもついてきてくれてありがとう。特にそうきとかもちゃんはIM面の繁栄を目指す仲間として大きな信頼を寄せていました。とりあえず、来年の弘がんばってくれ。<br />
1回生ずもたくさん入ってくれてありがとう。IM面は終身雇用なので、浮気はいいけどIMからは抜けれないことを忘れずに<br />
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・家族へ<br />
高校で急に水泳部に入るっていいだして、たくさん迷惑をかけてきたけど、ここまで支えてくれてありがとう。<br />
水泳のことはよくわからないと思うし、興味もなかったかもしれないけど、水泳の話を聞いてくれたりするのが嬉しかったです。<br />
これからもお世話になります。<br />
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ゆうせいに個人宛にメッセージくださいと言われましたが、ゆうせいだけ書くのもあれなのでLINEで送ることにします。欲しい人は言ってくれたら送ります。<br />
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&nbsp;<img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_0328.jpeg" alt="" /> <img src="//ninja2.blog.shinobi.jp/File/IMG_0327.jpeg" alt="" /> <br />
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以上、引退日記でした！！！<br />
いっぱいお世話になりました！！！<br />
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京都大学体育会水泳部　真弓竜飛<br />
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&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; -2023　青炎<br />
2023-2024　総乱舞<br />
2024-2025　STARDOM<br />
2025-2026　轟]]>
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    <category>最後の言葉</category>
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    <pubDate>Sat, 29 Aug 2026 12:22:27 GMT</pubDate>
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