ついにセミが鳴きはじめましたね。
夏到来ってやつですか。
プールの水冷たいんはだるいけど、気温暑なったら暑なったで普通にイライラしますね。
僕はそんな短気じゃないんですけど。イケ◯ツくんとかね、イライラしちゃうよね。
今日のメニュー。
皆さん、ありがとうございます。
なんか水冷たかったっすね。
じっくり泳いで、筋肉痛直すぞって感じで泳ぎました。
関国は終わりましたが、こっからまた切り替えてやっていかないとね。
お疲れ様です。松田晃大です。
関国MVSを頂きました。ありがとうございます。
河野軍隊長にも
「文句なしのMVSですね。」
とのお言葉をいただきました。嬉しい限りです。
あいもとてつもなくおめでとうございます。
1年の時から割れそうすぎたもんな。
あっこで決めんのはさすがっす。
河野軍隊長も
「あいさんはやっぱり泳げば泳ぐほど速くなりますね。」
と言っていました。
関カレは京大プールで2本くらい泳いでから来たら完璧やと思います。
高野くんもレペしたがってたし、付き添わせます。
嘘ですよ。ほんまにやったら疲れてまうからね。
高野だけ泳がせとこうな。
名レースがいっぱいありました。
全部見切れてないけど。
でぐれんの2個ンかなあ。
去年は自分が2個ンやったたから特にね。
みんな速すぎね、でぐれんも。
普通に1秒くらいベスト負けました。
しばらくは悔しと思うけど、糧に変えてください。大化けするぞ。
山根も名レースでしたね。
隅のレーンから優勝やっけ?
あれ、ちゃう?
あ、予選突破した時の写真か。角から優勝したんやと思ってた。
会場まで来てくださったOBOGの皆さん、ありがとうございます。
自分が決勝に残れなかった時代の先輩方に見てもらえて本当に良かったです。
自分が入部したときは、関カレ全国公よりも関国に照準をあわせる、といったチームの雰囲気でした。(たぶんね)
あまり良く分からず出場しましたが、当時決勝には残れませんでした。
運良く関カレは決勝に進出しましたが、2部決勝では関国ほどの盛り上がりは得られず、やはり関国の決勝の舞台に脳を焼かれていくことになります。(当時は憧れよりも落胆の方が大きかった気がしますが)
2回生の関国では、やるしかないと前半特攻をかましましたが、後半激浮きして沈没しました。
まあまあ落胆したことを覚えています。まじかーって感じでしたね。
この年、井芹氏の4個ンで伝説のレース☆魂の表彰台☆がありました。
あれは正直えぐかったね。
まじでスタンドから見てた組は全員あれに脳焼かれてると思います。チソキとかね。
KUSTのYouTubeで見れるからレース見るん好きなやつは是非見てほしい。
しおんさんをばこばこ殴って応援したのを覚えています。前の柵みたいなんもあわや破壊しかけました。
そして、井芹氏のMVS日記
「改心の一撃をバチボコにぶちかましたく候 関国MVS編」
関国表彰台は全ての予選落ち部員の憧れとなります。特にチソキとかね。
この日記のタイトルは井芹氏のリスペクトです。
でも、会心の一撃って漢字「会心」やんな。
井芹氏は元底辺部員からの改心ってことで「改心」にしたんすかね。
僕は上澄みなので漢字は「会心」にしときます。
井芹氏知らん人も是非読んでね。検索したら出てくるし。特にチソキ。
この年もなぜか関カレでは決勝に残れましたが、こんなものではない!と細胞が訴えかけていました。
3年の関国では、決勝に進出できました。
ほっとしたのを覚えています。
しかし、戦力分析的に決勝進出はできそうで表彰台は不可能といった感じだったので、大きく記憶には残りませんでした。気持ち良かったけどね。
関国決勝はやはり力が出て、1.5秒程ベストを更新をかましました。
スタンドから見ていた時代に、決勝では黒閃を決めるものだと調教されたのが良かったのだと思います。
この年の堀さんの2フリとかもすごかったはずなんやけどね。
あいにくアッププールから電光掲示板しか見てなかったせいで、脳が焼かれることはありませんでした。
関カレでは運良く2部2位を獲得し、銀メダルをゲットしました。
しかし、1部の前座である2部の決勝では入場もなければ表彰もないので、やはりこんなものではない!と訴えかけられました。
中堂選手は関カレ2部のメダルのことをビー玉と称していました。さすがです。
この頃から、2ブレにはそこそこの自信を得て、怪物二人以外はぶっ倒せると信じるようになります。
メンタルはもとからそこそこ強い方で、今年の関国数日前には、3位で表彰台に乗っている夢をみながら快眠できました。
なんならMVSまでもらってました。
「何も言えねえ〜」
ってコメント残してましたね。夢で。
関国前日にOBOGの方々が激励に来てくれて、2代前の朝パ隊長の号令でみんなで朝パに行きました。
プレートになってから初めての朝パでしたが、あっこまでになってしまったんやね。。
さすがに「あのころは良かったおじさん」が多発していました。
ここで井芹氏に
「てめえの表彰台見てえ〜」
と言われ、なにがなんでもと固く決意します。
当日はさすがに緊張したけどね。
堀さんに
「レース前にそんな真剣なてめえ初めて見たわ」
と言われました。
そんなはずはないけどね?結構真剣に泳いでたはずよ?
100のターンで表彰台バトルの強敵藪野くんが見えたときは、いけると思いました。
後半には自信があったからね。〇〇も摂取したし。
ラストラップは魂の35"66
トータルでも2秒4程ベストで3位を獲得できました。
込み上げるような気持ちは案外なくて、安堵の気持ちに包まれていました。
レース後すぐ表彰やったせいで、夢の表彰台からの景色は全然思い出せないけれど、プールから見たスタンドはとても覚えています。
全員が立って祝福してくれていました。
おめでとう、よくやったと。
本当にたくさんの応援と期待を頂きました。
あのころの先輩たちが僕の憧れであったように、くすぶる後輩たちの夢になれたなら。
最高です。
2025-2026 轟