インカレ終わってから少し日が空いてしまいました。解放されたというか、もうみんながいる部活の空間には戻れないんだなって気持ちでぼんやりとしながら生きています。そんなことしてる場合じゃないんだけどね。
最初に読んだ引退日記は2個上の日奈子さんの日記でした。引退日記なんてあることも知らなくて、突然だったので家で心臓とまりかけた記憶があります。それから同期に至るまでたくさんの人の引退日記を読んで、やっと自分の番になりました。先輩や同期がこれを通して後輩に何かしら伝えていたように、文章下手ですが頑張って書きます。
ゆっくりお付き合いいただけると幸いです。
それでは。
目次
〇振り返り
〇1選手として
〇メニュー係として
〇主任として
〇みんなへ
〇振り返り
~中学入学
小2の夏か冬に週1のスイミングに通いだしました。当時一緒に通ってた人たちとたくさん悪さをし、水泳以外のことでたくさん怒られました。今思えばあの時ちゃんと怒ってくれたコーチはほんとにいい人だったのだなと思います。
中学
僕の通う中学校に水泳部はなく、小6の冬に選手コースのあるクラブに移動しました。初めて出た小6二月の大会は短水路で半フリ33、1フリ1分12でした。
クラブの選手コースは1軍(JOとか出る人たち、あと高校生)2軍(それ以下)3軍(育成、小学校低学年)って分かれてました。当然僕より小さくて速い選手はたくさんいて、ガキどもに馬鹿にされながら3軍からスタートしました。
当時はコーチに30秒割って初めて一般人といわれ、あんま褒めてもらうことなくひたすら上に食らいつこうと頑張ってました。でも遅い僕のこともちゃんと見てくれて、フリー以外はやらなくていいから高校でインターハイに出ようといってくれました。
高校
高1の冬に会心のレースがあって、インターハイ本当に行けると思ってました。
けどそのあとすぐコロナ禍になりました。クラブも2か月くらい?休みになって、勉強も嫌いで1日中家でゴロゴロしてました。これがよくなかった。その間か、そのあとか忘れましたが腰痛くなりました。タイム思うように伸びなくなり、腰を理由に練習頑張らなくなり、結局インターハイは遠いまま終わってしまいました。大学では水泳する気ありませんでした。
大学
入部まで
入学して体験は行きました。割と初期に。けど入部しませんでした。あの時は体育会いやとか朝練いやとか井芹さんと一緒に文句言ってた気がします。ミコノスの新歓で。
あと体験に行った日に先輩が怒ってたのも割と大きな理由やった気がします。入水が遅い人が多すぎるって怒ってました。ちょっと怖かったです。ごめんなさい。
今思えば、体育会も朝練も先輩が怒ってたことも、全部自分が水泳から逃げたいだけの言い訳でした。もう伸びないんじゃないか、ベスト出せないんじゃないか、練習頑張るのもしんどいなって気持ちがある一方で、朝練に来て必死に練習して、先輩のように自分以外のこともしっかり見ている人がいる。この空間にはこんな半端な気持ちの僕ではついていけないと思いました。
ミコノスって水泳サークルに入りました。ほかの人達は楽しそうだったけど、僕は1ミリも楽しくなかったです。
未練がましくバイトもスイミングにしました。たまに泳ぐ中で、やっぱりベスト出せるんじゃないかって思って、半年前に覗きに行った部活を思い出すようになりました。
青炎シーズン
ミコノスつながりでLINEを持っていた井芹さんに入部したいですって伝えたらなんか入部できました。ゆういちろうさんもありがとうございました。
最初は練習で30秒切るのもきつくて必死でした。朝も苦手でしんどかったです。
初めて出た冬季公認で、諒聖さんが51.9で泳いでいました。ほんとに速くて、すごくて、今でも記憶に残っています。
僕は復帰後の割にはまあまあって感じでした。こう考えると入部して2か月とかの関国であんだけ速かった後輩たちほんとにすごい。ゆうごと河野かなやっぱ。
あとこの試合は松島ゆうたさんと縄田がばけもん速くて、潤さんと「俺らでこうならなきゃな~」って話をした記憶があります。なれなかったけどね、2人とも速すぎ
冬季公認終わって、必死に潤さんやゆういちろうさんに食らいつきたくて、負けたくなくて、なんやかんや頑張りました。合宿ではぼっこぼこにされました。
なんやかんや速くなれて春短くらいにレギュラーを勝ち取り、初めての関国も割とうまくいきました。予選は2種目とも1位やったし。
けど終わって3日間くらいガチで体調崩して、週末の国体予選に無理して帰りました。タイムが散々だったのはまあ置いておいて、これで体調だけじゃなくて調子も崩してしまいました。
七帝の8継、ベスト+6秒かかりました。後ろの潤さん、ゆういちろうさん、諒聖さんはちゃんと早かったのに、1位と3秒差くらいついて負けました。別にベストじゃなくてよかったのに、もう少しやれることはあったはずなのに、言い逃れしようのなく自分のせいでの負けでした。大泣きした記憶があります。本当に申し訳なかった。
どれだけ悔しくても調子が上がることはなく、関カレも活躍はできませんでした。全国公は8継メンバー3人のおかげで5位をとらせてもらえました。あの時のスタンドからの応援、そして終わった後の歓声、ゆういちろうさん諒聖さんの引退レース終わった後の顔は今でも覚えています。水泳嫌いそうだった諒聖さんが終わった後に楽しかった的なこと言ってくれたのも熱かった。
総乱舞シーズン
インカレに行きたいとずっと思っていました。筋トレもたくさんしました。初めて神大合宿にも行きました。縄田に勝つって目標掲げていったのにすべての練習で負けたけど。ちなみに今年も1本も勝てなかった。速すぎあいつ。
自分では練習も行ったしちゃんと泳いでいたつもりだったけど、周りから見ればそうじゃなかったみたいです。春短はしっかりベスト出たからいけると思っていたけど、次の大会からほんとにタイムが出なくなり、関チャで笹村が速くて、2フリ2分2くらいかかって、1回心ほんとに折れました。初めてレースに出たくなくて、潤さんにわがまま言って8継からも外してもらいました。
この年は潤さん笹村中堂とリレーでインカレを狙っていました。狙える状態になったのが長水路シーズンに入ってからだったので、関国が狙った初挑戦でした。
僕が持ちタイム1番速いんだから僕が稼がなきゃいけないと思ってました。関国は去年速かったから、今年も気持ちで持っていけると思っていました。1泳のプレッシャーはわかっていたけど、これまでずっと1泳なの想定して試合出てきたから大丈夫だと思っていました。
現実は甘くなかったです。緊張は体を固くして、全く思うように泳げませんでした。
七帝までもう一度泳ぎなおし、ノーテーパーで関国より速く泳げました。調子も戻ってきていると信じれていました。
ラストチャンスの関カレ、まさかの飛び込みで手が外れました。後半ほぼ泣きながら泳いでいた気がします。全国公もよいタイムは出ず、苦しかったシーズンが終わりました。
期待してくれていた人たちに、支えてくれていた人たちに、見ていてと約束していた人に、なにより最後まで一緒に泳いでくれたリレメンの3人に申し訳なかったです。
STARDOMシーズン
主任になりました。自分のこれまでの行い的に、またキャパ的に、全部ちゃんとするのは無理やし全員のことを見るのは無理やなって思っていました。なので、チーム目標の達成のためにやれることをやろう、と決めました。
選手として、インカレを狙えるラストシーズンでした。そして対抗戦も失敗できないのはわかっていたので、まず練習に来る、練習の距離きちんと守る、この本当に当たり前のことからもう1度やり始めました。自分がやったことを見ると満足してしまうので、やれてないこと、足りていないことを数えるようにしました。
OBOGでかんしんがめっちゃ速くて、リレー行けそうと思うと同時に負けたくない焦りがありました。初めて4人で狙った冬季公認は、泳いでなかった笹村が1番速くてみんなで笑ったいい思い出です。
絶対切るぞって4人で気合入れて挑んだ春室、まさかの失格しました。1回切ったと思って喜んじゃったのでそのときはあんまり悲しくなかったです。終わってプチオフの間に何度も申し訳なくなったし悔しくなりました。まじでセーフやと思ってたんやけどな、マネから見たらアウトやったらしいです。動画見返したら大丈夫??って言われてました。
↑2024年春室
笹村before after
↓2025年春室
神大合宿にまた行きました。ゆいがが速くて、なんかほかにもみんな速くて、頑張れたけどしんどい合宿でした。京大合宿は普通に楽しかったです。100×6しんどすぎた。
そんなこんなで迎えた春短、短水路実質ラストレース、まじで人生で1番緊張しました。控えにいるだけなのに息ちゃんと吸えないし、そわそわしました。笹村は裸足で外で寝てるし、中堂はリール動画見てにやにやしてるし、自分のメンタルの弱さをほんとに実感しました。
レース前にかんしんとしゃべった時、ずっと涙目やったのが耐えきれんくなって涙があふれてきました。たぶん僕が去年みたいに1泳やったら耐えられてなかった。かんしん、1年間1泳やってくれて、ずっと速いタイムで帰って来てくれてありがとう。
結局最後までこのレースを超えるレースをすることはできなかったけど、それでもよかったと思えるくらいの最高のレースでした。3人とも本当にありがとう。レースを見ててくれたみんなが降りてきて一緒に喜んでくれたのもめっちゃうれしかったです。
春短が終わって、練習を一気にミドル用に変えました。関国で1フリに出れないと決まったのが4月かな、400泳ぐのがとても不安でした。これでも一応関国1フリ2年連続3位やったんやけどな、、なんでレギュラーないんや、、
関国は主任として恥ずかしくない、チームを引っ張るレースをすることが目標でした。水泳は個人種目ですが、結構チームの流れってのは大きいと思います。だからこそ2フリに縄田がいないってわかった時、3位やった目標を1位に変えました。2フリの後には最強の中堂と関国超強い後藤が控えているので、ゆいがをここで潰せば京大の総合優勝がほぼ確になるくらいの流れ持ってこれると思いました。
大ベストで1位になれて、結構うれしかったです。流れに関しては後ろの人たちかんしんも河野も速かったから心配すること0でした。ゆいが来年は大会記録で優勝してな。こうきに負けちゃダメやで。
噛み合わなかった後藤とのハイタッチ
七帝は普通に楽しかったです。関カレの準備って思っていました。
関カレは不甲斐なかったです。初日全部ベストで行けるかと思ったら疲労と緊張で200はだめでした。日記で大口たたいたのにごめんね。本当にみんなの力で1部昇格させてもらいました。ありがとう。
関カレは女子がすごかった。全員がチームのために泳いでいて理想のチームでした。こっちだって2部優勝して1部あがったのに、羨ましかったくらいです笑
全国公はベストに届かず、決勝に残れませんでした。やっぱ僕は弱いです。
全国公で有終の美を飾りたかったですが、情けなくシーズンが終わりました。
質問に答えます。
強化連で一番きつかった練習
どれもなかなかしんどかったです。
50×20は死ぬほど長く感じたし、IMのサイクルインとかはサイクルアウトした後はほとんど溺れてたし
メニューを作ってくれた方たちはありがとうございました。
お疲れ様です。藤本です。スターダムラスト日記を書かせていただきます。グボさんから強化練の振り返りをして欲しいとのことで、指名に預かりました。夏季長は渋タイムでしたが書かせていただこうと思います。
本日のメニュー
メニュー作成のゆうごさん、スタッフのひろな、しょうこ、ひとみ、かのんありがとうございました!
半ブレのだいぶは京大プールベストの4.8でした。嬉しかったです。りくたろうにも勝ちました。どんな形であれ勝ちは勝ちです。
来シーズンはいっぱい勝ちたいな
夏季長2日前から急にブレの感覚が良くなりましたね、もう少し早く掴みたかったな
オフで忘れないようにちびちび練習しときます。
強化練、自分なりに頑張ったつもりでしたが今回は結果に出ませんでした。
あの時は頑張っているつもりでしたが今思えばまだまだ頑張る余地がありました。
テストを言い訳に筋トレや体幹をサボったり、練習にもギリギリに来たりと、
当たり前のハードルを上げないといけないな、と思いました。
僕には圧倒的にベースが足りないので、強化練のような練習は本当はもっと必要なはずです。今年はイレギュラーな形だったので仕方ないですが、トータルではまだまだいけるって感じです。
1回生の頃は無限に時間があると思っていて、夢想し放題でしたが、2回生にもなると少し残り時間を意識してしまいますね。
近頃少しずつじじくさって現実的になっていく自分が恐ろしいです。伸び悩むと自分の身の丈をわからされている気がします。
でもやっぱり速くなりたいし、レギュラーで出て得点を取れる、結果で貢献できる選手には憧れます。
なので目標は高く持ちます。まだ2年もあるので。なんでもできると思ってやりますよ。
ではみなさんオフを楽しんで!
インカレ組は頑張ってください!
Go!!京大!!
2024-2025 STARDAM
今シーズンを始めるにあたって、ある行動指針を定めました。「具体的で形ある、身体に近い領域への参入を」というものです。
このスローガンは意味と密接に関連するものなのですが、トピックがデカ過ぎるため、限られた分量の中でこれを説明しようとするとただの怪文書になってしまうような気がしなくもないですが、意味について何かしらの燻りを抱いている人に対して、少しくらいは示唆を与えられることを期待して、簡潔に私見を書き留めておこうと思います。
私たちは日常的な場面において、程度の差こそあれ、意味について問いを発することがあると思います。それは例えば、「水泳をやる意味ってなんなの?」とか「人生ってなんの意味があるの?」といった形を取ります。水泳部の媒体で書いているので、まずは前者について見てみましょう。水泳部では日々、選手たちはより速いタイムを出し、ベストを出し、レギュラーに入り、より大きな試合でより高い順位を取るために日々頑張って練習していて、マネージャーやトレーナーは選手のそうした目標を達成できるように奔走しています。水泳をやる意味とは、とりあえずは「より速いタイムを出し、ベストを出し、レギュラーに入り、より大きな試合でより高い順位を取る」ことだと言えます。これについては部員は概ね賛同するのではないですか?これについて公然と異議申立てする人はそもそも水泳部に入る必要があんまりありません。こうした意味は水泳部というコミュニティ内で前提視されています。では、今度は「より速いタイムを出し、ベストを出し、レギュラーに入り、より大きな試合でより高い順位を取る」ことの意味は何かを考えてみましょう。よくわからなくなってきますね。25mなり50mの水路をできるだけ速く移動することの意味?速く移動してそのタイムを競うことの意味はなんでしょうか。まあ例えば「ベスト出たり勝ったりしたら嬉しいから」とか自然な答えですか?では嬉しいから何なのでしょうか?人間が嬉しさや幸福を感じるという事象にどのような意味があるのでしょうか?問いまみれになってきてさらによくわからなくなってきました。これも例えば、あんまり答えになっている気はしませんが、「人間は幸せになるために生まれてきたのだ」とかよくある答えですか?ではさらに突き詰めて、人間が生きていることの意味とはなんでしょうか?あれ、冒頭に挙げた二例の後者に回帰してしまいました。
意味不明になったところで、今度は別の視点から意味について考察してみましょう。さっきまで扱っていた意味というのは、意義や価値、目的とも言い換えられるような、物事の意味でしたが、今度は言葉の意味について着目してみます。
言葉の意味も、よくよく考えてみれば実は難しいです。例えば、「リンゴ」の意味ってなんでしょうか?まあ普通に答えるならば、「赤くて丸い果物」みたいな答えになると思いますが、さらに、じゃあ「赤い」の意味は?「丸い」の意味は?「果物」の意味は?と問うことができます。「赤い」の意味は?と言われれば、「色が赤だ」としか答えようがないですが、これに対しても、「色」とは何か?「赤」とか何か?と突っ込むことができます。このように、言葉の意味は実は固定的に定めることができるものではなくて、実は無限にループしていくものなのです。無限の意味の連なりの先に、辞書的な「赤くて丸い果物」みたいな表層の意味が生まれてきている、みたいなイメージです。
意味の無限ループのほかに、言語にはどのような性質があるでしょうか。例えば、「上司」という言葉の意味を考えてみましょう。「上司」を説明する際、部下との関係性を抜きにして説明することはできませんよね。当たり前の話です。部下なき上司は存在しません。部下がいてはじめて上司が存在します(逆も然り)。ここから言えるのは、任意のAという言葉を考えたとき、Aはそれ単独で存在するのではなく、常にAでないものをセットとして持っているということです。
もう少し言語の性質について見てみましょう。今度は、蝶々を例にとってみます。蝶々と似た昆虫に蛾がいますが、我々はパッと見てどちらがどちらかまあ判別つきます。しかしフランスではそうはいかないらしいです。なぜなら、フランスでは蝶と蛾をひっくるめてパピヨンと呼ぶからです。フランス語において蝶と蛾は区別されていないのであって、それゆえ、フランス語を話すフランス人は、蝶と蛾を区別して認識することがないというわけです。日本語話者とフランス語話者とでは、同じ世界を見ているはずなのに、世界の切り分け方が違っているのです。この例から分かるのは、人間の認識が言語に規定されているということと、言語による世界の切り分け方は必然的なものではないということです。蝶と蛾が最初から独立したものとして存在しているわけではなくて、「ひらひらと飛ぶ6本足の生き物」くらいの感じで曖昧に存在していたところに、「蝶」と「蛾」という言葉が介入してくることによってはじめて両者が区別されるということです。言語以前に世界が存在しないということではなく、確かに世界は存在しているが、それはカオスとして存在しているに過ぎず、その混沌とした世界が人間に明快に認識される形で秩序づけられるのは、言語による恣意的な(ここでは「必然性を持たない」という意味)文節化の後です。つまり、ものが先にあってそれを指示する言語が後にあるのではなく、言語が先にあってその後にものが認識されてくるということです。
少々長くなってきましたが、言語の意味の性質について最後にもう一つだけ検討したいと思います。先に言えば、それは、言葉の意味は文脈によって規定されるというものです。簡単な例を出せば、「はし」なんかそうですね。音韻としての「はし」は複数の解釈が可能です。「はしに寄って」と言えばもちろん「端」ですし、「はしで食べる」と言えば「箸」ですね。あるいは、「はしを渡る」ならば「橋」になります。言葉は文脈次第で全く意味を変えてしまいます。他にも、こんな例があります。とあるドラマのワンシーンなのですが、主人公の男の子には好きな女の子がいて、その女の子から「好きな食べ物なんですか!」と聞かれ、威勢良く「ナポリタン!」と答えるシーンです。ところが実はその会話の前に、「好きな食べ物を聞くのはあなたのことが好きですという意味である」という話をしていたのです。この文脈を踏まえると、そのシーンは女の子から主人公への告白であったにも関わらず、主人公はその文脈をすっかり失念していたために、彼女の発言を文字通りの意味で受け取ってしまい、アホなことに「ナポリタン!」などと答えてしまったという理解ができます。言葉は決して辞書的な意味だけでは完結せず、文脈によって思いもよらぬ意味をも持ちうること、そしてその文脈を見落とせば当然そうした多様な意味も取り逃がしてしまうということの例です。
ここまで長々と言語の性質について論じてきました。①言語の意味は無限ループの中で転送されていくこと、②任意の言葉は否定を前提としていること、③言語が世界に先行していること、④世界が言語によって恣意的に文節化されていること、⑤言語の意味が文脈に規定されることなどを若干の具体例を交えながら駆け足で確認しました。この過程で言いたかったのは、言語の意味は一見最初から独立して存在しているように見えるが、実際のところはそうではなく、他の言葉との関わり合いの中で存在しており、我々がその言語の位置する文脈を見出すことによって、後から暫定的に解釈されるということでした。
さて、一段落ついたところで、さらに一歩進んで、あるいは一歩戻って、文化一般について検討してみたいと思います。ただ、文化一般といっても人によって頭に浮かべるものは様々ですので、「AとBを区別して、そこになんらかの価値判断を行うこと」くらいに適当に定式化しておきます。文化=価値の体系くらいの感じです。区別や価値判断は、言語によって行われます。先ほど述べたように、蝶と蛾という言葉を知らなければ、両者を蝶と蛾として区別することはできませんし、例えば「蝶の方が蛾よりも美しい」などと価値判断を行う場合にも、「美しい」という単語を知らなければそこに美しさを見出すことはできません。蝶の中に美しさを誘発する要素があったとしても、それを感じる人間がいなければ美しさという価値は存在し得ないし、また、美しいという言葉がなければ、蝶を見て感じたえもいわれぬ感情を、醜さなどから区別して文節化することはできません。つまり、人間の文化は言語によって構築されていると言えます。したがって、人間の文化についても、先ほど見たような言語の性質が如実に現れています。
そのことを、水泳において簡単に例証してみましょう。上で検討したように、水泳の意味について考えれば、次々と問いが連なり、無限に後退していきます(ベストを出すこと→ベストを出すと嬉しい→人生の目的は幸福→人生の意味→…)。これは「りんご」という言葉の意味を考えたときの特徴①と類似していますね。さらには、水泳をやる上で重要な構成要素となっている「速さ/遅さ」や「ベスト」という概念についても言語との類似性が見られます。本来タイムというのはあらゆる区別や価値判断から離れた純粋な数直線上の目盛に過ぎないはずなのに、そこにいつしか「速い」とか「遅い」とか、「ベスト」という意味づけがなされるようになりました。しかし、どこからどこが「速く」てどこからどこが「遅い」かというのは恣意的な判断に過ぎませんし、「速さ」はそれ自体で成立するものではなく、常に「遅さ」とのセットで成り立つものです。速いとか遅いという性質は、世界にはじめから存在するものではなくて、その言葉が導入されることによって後から切り出されてくるものなのです(ベストについても同様です)。これは言語の特徴②③④に対応しています。
ここで、別の側面から指摘しておきたいのは、人間文化の虚構(フィクション)性、あるいは物語性です。この世界の文化が言語によって構築されている以上、それは言語以前に存在しないものであるし、人間以前には存在しないものです。この世界の区別や価値判断は最初から存在しているものではなく、人間の言語によって作り出された虚構に過ぎません。言い方を変えれば、この世界には元々区別も価値も存在しないのに、人間が勝手にそれを解釈し、語っているだけなのです。文化には、根拠も必然性も実体性(ここでは「それ自身以外のなにものにも依拠せず独立して存在している」くらいの意味)も欠けています。(逆に、文化が、現在流通している形だけが自然で本質的なものであるという絶対的制度として立ち現れてくる場合に、それが人々に並々ならぬ抑圧の苦しみを与える例は枚挙にいとまがありません。人々からあらゆる抵抗の手立てを奪い、抑圧の苦しみしか与えないような制度は、全く妥当ではありません。ただ難しいのはほとんどの文化が抑圧的に働く一面を持っているという点です。とはいえ抑圧が看過されていいというわけではありません。)そう考えると、なんだか気分が悪くなってきます。なぜなら、私たちが意味がないとは疑いもしなかったこと、当然区別されて然るべきと前提視していたことが全く当たり前ではなくなってしまうからです。そうすると、世界から背骨が抜かれたような宙吊り状態に陥り、不安に駆られます。方向性を失い、くらげのようにぷかぷか浮かぶしかなくなってしまいます。
もう意味がわかりません。あらゆる区別と価値判断の無根拠性に触れ、どうすることもできなくなってしまいました。水泳どころか、生さえ、幸福さえ無根拠なのではないか?
しかし、ここで明らかになっているのは、この世の物事に意味など存在しないということではなく、意味の根拠を人間を超越した根拠によって論じることができないというだけのことです。この時点から私たちは、意味の実体性ではなく、意味の妥当性を問わなければならなくなりました。どのような意味に意味があると「私たちが」見做し得るのか。どのような意味に「私たちが」洗練さを見出すのか。意味とは、私たちを超越して存在するものではなく、私たち自身が文脈を見出して主体的に決定するものです(→特徴⑤)。
では、ものごとに意味を与える「文脈」とはなんでしょうか?文脈とは具体に他なりません。発話者と受け取り手の置かれている具体的状況のことです。文化の実践の場です。水泳に意味があることの実体的根拠は何か?そんなことを聞かれても誰にも分かりません。しかし「好きな食べ物はなんですか」が、字義的に捉えれば単に「ナポリタン!」と答えれば済むだけの意味しか持たないのに、それが発話された文脈を辿ることによって「あなたのことが好きです」という意味を帯びるように、水泳もまた一旦暫定的に「ベストを出すこと」を意味としておいて、その達成に向かってこだわりを持ってコミットする過程で、個別的な顔と名前を持った多くの人と出会い、関わる中で、自分一人では到底抱き得なかったパッションが生成され、そこに主体的に巻き込まれていくという具体的文脈を自ら作り上げていくことによって、単なる空虚な信仰に過ぎなかった「意味」に、確かな歴史的重みと豊かな感情の彩りが「後から」付与されていくのである。意味は実践によって形を得るのだから。意味とは、予め存在するものであると同時に、遡及的に見出されるものなのだから。こだわることによってこそ、人間的価値が宿るのだと思います。
そのような経緯で、「具体的で形ある、身体に近い領域への参入を」というけったいなスローガンを立てるに至りました。練習へのある程度真面目な参加、ブレ面MTGや朝パ、同期とのルネ飯、阪神合宿や中京、部室での交流、後輩とのご飯といった場に参入していったのは、それまでの思考態度があまりにも観念的であったことへの反省からでもあり、そのような個別的で具体的なひととの関わりからしか価値は重みを持ち得ないということへの確信に由来するものでもあります。
これまで書いてきたことを簡潔にまとめれば、人間関係の網の目の中でしか意味は見出されないというだけのことです。そのことに気づいてから、自分なりに、様々な代替不可能な文脈を撚り合わせ、積極的に意味を見出すためのテクストを多少は主体的に織り成してきたわけですが、関カレである程度の結果が出て嬉しかったです。たくさんの人に喜んでもらえて、応援してもらえて、嬉しかったです。いくつもの具体的光景が目に浮かびます。冒頭の水泳人生テンプレ振り返りは情感0で具体的人物も全然出てきてないですが、その行間には様々な人との鮮やかな記憶が確かに刻まれています。
さて、普段からこんなかったるいことを常に気にしながら生きているわけではなく、大体はもっと浅薄に生きていますが、引退日記ということで、ご容赦ください。
同期とは同じ3年半という時間を過ごしてきたはずなのに、ほとんどの時間を平部員として気楽に漫然と過ごしてきた私と、さっきまで長ったらしく書いてきたことも、言葉は違えど、あるいはもっと言えば言葉を介することなくはなから了解していて、その上で、多忙を極める中、もっとプラクティカルな問題に対して身を削って対処しながら、真摯にひとと向き合い真剣に水泳に取り組み続けてきた同期とでは全然その年月の洗練さと重みが違っていて、そのことに対する後悔と、水泳部に全然コミットできなかったことに対する申し訳なさはありますが、それでもたくさんの人との関わりがあり、その中で多くのことを感じ、経験できたことに、感謝するばかりです。そういえば、全国公の最後に雑に話していたのは、そういうことです。
ガキさんリスペクトと言いつつ、ガキさんよりは少し長くなってしまいました。
僕の京大水泳部は大体こんな感じでした。
い〜ざさ〜らば〜〜*
*琵琶湖周航の歌、一番最後の一節。