わたしは毎日必死に練習しているのに、記録が伸びずに焦りを感じていた。特に最近はタイムが停滞していて、どんなに頑張ってもベストに届かない。
「どうして……」
練習後、一人でプールサイドに座り込み、ため息をつく。泳ぎ込んでも、技術を見直しても、思うように結果が出ない。周りの仲間たちは次々と自己ベストを更新しているのに、わたしだけが置いていかれている気がした。
「最近、力みすぎてないか?」
不意に声をかけられ、顔を上げる。そこには、部の敏腕トレーナーであり、二つ上の先輩でもある昂汰(こうた)が立っていた。
「……そんなことないです」
思わず強がるけれど、昂汰には誤魔化しがきかない。
「お前さ、練習のとき、タイムのことばかり考えてるだろ」
図星だった。意識しないようにしていても、ストップウォッチの数字ばかり気にしてしまう。どうすれば速くなれるのか、そればかり考えて、泳ぐのが苦しくなっていた。
「焦らなくていい。お前の努力はちゃんと結果につながるから」
昂汰はそう言って、わたしの隣に座った。その声はいつも落ち着いていて、どこまでも信じてくれているように聞こえる。
実は、このスランプが始まった頃から、ずっと昂汰は気にかけてくれていた。フォームを見直す手伝いをしてくれたり、メニューを調整してくれたり。何より、結果が出なくても「お前は大丈夫だ」と変わらず励ましてくれた。
それがどれほど心強かったか。
「……もう少し、頑張ってみます」
「うん。その調子」
その日から、わたしは昂汰のアドバイスを受けながら、一つひとつの動きを丁寧に見直すことにした。無理に力を入れず、リラックスすることを意識すると、少しずつ泳ぎに変化が出てきた。
ある日の自主練。プールサイドに座る昂汰が、ストップウォッチを片手にわたしを見つめていた。
「いい感じだな。前よりリラックスして泳げてる」
昂汰の言葉に、わたしは思わず顔を上げる。自分の努力を認めてくれるその瞳が、いつも以上に優しく見えた。
(わたし、この人のこと…)
次第に昂汰の存在が特別なものになっていく。彼の言葉が、励ましが、わたしの心の支えになっていた。
そして迎えた公式大会。これまでの努力を信じて臨んだレースで、ついに自己ベストを更新することができた。ゴールした瞬間、全身に達成感が広がる。
プールサイドに駆け寄ると、昂汰が微笑みながら言う。
「やったな。お前ならできると思ってた」
喜びが溢れた。ずっと伸び悩んでいたわたしを励まし続けてくれたのは昂汰だった。その存在がどれほど大きかったか。
「昂汰…ありがとう!わたし、ずっと……昂汰のことが好き!」
気づけば、心の奥に秘めていた想いが口をついて出ていた。驚いたように目を見開く昂汰。しまった、と思う間もなく、彼はふっと笑った。
「俺も、お前が好きだよ」
「え……?」
「だからこそ、スランプの間もずっと見守ってたし、支えたかった。お前が頑張ってるのをずっと見てきたから」
昂汰の言葉に、わたしの胸がいっぱいになる。ずっと支えられていた理由が、わたしを励ましてくれた言葉の意味が、今すべて繋がった。
「……ずるい」
「何が?」
「そんなの、もっと早く言ってよ」
昂汰は優しく笑いながら、わたしの頭をポンと撫でる。
「今言うのが、ちょうどよかったんじゃないか?」
レース後の高鳴る鼓動のまま、わたしたちはお互いの気持ちを確かめ合った。
——この恋の行方は、まだ始まったばかり。
1. 梅さんと南利さんの馴れ初めかな??